遠くの空でサイレンが鳴った。





「…うっせぇなぁ…。」
レッドはそう言って足元の瓦礫を蹴った。
夜目にも砂埃が舞い上がったのが見て取れて、ヒィッツはほんの少し顔をしかめると、
「埃を立てるな。」
一言だけ無駄な抗議をし、空を見上げた。



ここ数週間雨の雫一つ落ちていない空は街が近いせいか星も見えない。
生温い夜の空気は湿気を帯びている錯覚を引き起こすが、それも一瞬だ。



サイレンが鳴った。



「一度鳴らせば解るっつーの。」
意味の無い文句は周期的に鳴るサイレンへの抗議だ。
それは作戦が時間通りに開始された事を意味するが、レッドには耳障りな音にしか聴こえないらしい。
「一度では警鐘の意味が無いんだろう。」
一般論を述べたヒィッツだが、その声に感情は無い。
おそらく彼自身も繰り返されるサイレンの音に辟易しているに違いない。
「間が抜けてる。」
そう言って、レッドはスカーフを解くと結び直し始めた。
何時の間にか吹き始めた風がスカーフの裾をさらい、たなびかせる。
風下にいたヒィッツの鼻に、極僅かな嗅ぎ慣れた血の匂い。
洗っても拭い去れなくなった血は、布地の赤に溶かされて見えない。



サイレンが鳴る。



「………何か、」
レッドはスカーフの結び目を軽く指で擦り、少々俯いた顔を上げることはせず、
「そこまで繰り返さねぇと解ンねぇかなぁ。」
主語は無いが、意味は通じる。
ヒィッツはフン、と小さく鼻を鳴らすと、
「繰り返さなければ学習できないのだろう?」
それは全ての真理だ。
畜生だって繰り返せば嫌でも覚える。

何度同じ事を繰り返しても、警鐘を鳴らしても、覚えないのは人間だけだ。

「まあ…俺達も学習能力無ぇけど。」
理念信念理想の名の下に、これまでに一体幾つの死体を踏みつけてきたのか。
その高揚感を味わう為に、一つ。
その優越感に浸るために、一つ。
数多の戦場と数多の夜を越え、今の自分達はここに在る。



サイレンが。



「今更、」
珍しく感慨も無くヒィッツは答える。
「足元の小石に涙を流したとて、意味は無い。」
「…まぁな。」
繰り返されるサイレンは自戒の回数だ。
何も学ばない愚かな人間は、繰り返されるカウントを頼りに自分の無知をその身に刻む。

刻むばかりで、何故刻んだのかすら忘れるのも人間だが。

「俺達には関係無いな。」
取れなくなった血の臭いに後悔する事は無い。
むしろ、繰り返しても無駄に足掻く奴等より、余程自分達の方が純粋だ。





サイレンが、一際大きく聞こえた。





「…さーて。」
そろそろ行くか、とレッドは軽く肩を鳴らした。
「そうだな。」
いい加減退屈してきたところだ、とヒィッツもネクタイを正した。



「なあ、向こう行ったら、まずはアレぶち壊していいか?」

サイレンを。

「私にも分けろ。」

警鐘を。





互いに見合わせ、ニヤリと笑みを浮かべる。
それは今この世界で一番単純で、純粋で、無垢な笑顔。












* * * * *

意味が解りづらい話になりました…反省。

レッドとヒィッツの行動の根底は”自分達が絶対”だという事に依存しているかなと。