その日見た光景は、きっと一生忘れない。
   壮絶なまでに華々しいその様は、
   今まで見たものの中で一番激しく美しかった。












世界の異常気象はもう何十年と言われ続けているが、今年の春はまさに”異常”だった。
「チッ、なんでこんな時期に雪なんか…!」
レッドは舌打ちしたが、流石に自然現象には太刀打ちできない。
時折風が強くなり、季節外れの雪が積もった大地を荒らして雪煙が立つ。
ベースキャンプに戻りたいところだが、この天候で作戦が遅れている。
雪が弱まった時を見計らって攻撃を決行せよ、とは策士の指示だった。
「流石にキツいな…あと少しなんだが…。」
言いながらヒィッツは隣で携帯ボトルからウィスキーを口に含んでいる。
身体を暖めるには手っ取り早いのだ。
「あ、俺にも寄こせ!」
言うが早いか、レッドはヒィッツからボトルをひったくる。
「少しにしておけよ。まだ時間がかかると厄介だ。」
「あークソッ!この作戦終わったら一日飲んでやる!」
それでもレッドはボトルの半分ほどを空けてしまっていた。





※ ※ ※ ※ ※





4月も半ば近くなり花も盛りになったというのに、
天の采配か人の愚行か、突然世界的な大寒波がやって来た。
現在レッドとヒィッツが進撃を進めている地域も本来なら穏やかな気候の地域で、
事実、つい先日まではうららかな春らしい陽射しに包まれ、桜も見事な花を咲かせたのだ。
「山間部の基地とはいえ、この様子ならさほど苦戦しないだろうな。」
出立前の最終ミーティングで目標地の状況を聞いたヒィッツはそう言って笑った。
「だよなぁ。確かに施設自体は入り組んだ作りだけどよ、
 真冬ならまだしも今の時期じゃ足止めになりそうな物が無ぇしな。」
俺だけでも平気だと思うがなぁ、と、少しレッドは不満気だ。
それはヒィッツも同じだが、孔明の指示はBF様の御意思。表立って反論は出来ない。
「まあそれで早く片付くならいいさ。ここ最近オーバーワーク気味だったからな。」
「お前のオーバーワークの原因は休暇中にも休まずあちこち飛び回ってるせいだろ。」
先日までの休暇ではヒィッツはほとんど本部に戻る事はなかった。
「チッ、さっさと片付けてとっとと戻るぞ!」
レッドは伸びをしながら一声吠えると、移動用の飛行艇に乗り込んだ。



ところがいざ蓋を開けてみれば、到着前から上空の寒気団の動きがおかしいとの情報が入り、
加えて悪天候の様子が伝えられ、飛行艇も結局は予定ポイントより数十キロ手前で降りる事になった。
急きょ陸路を使ったものの、途中から降り出した時期外れの雪は風花から本降りに変わり、
何とかポイントにベースキャンプを張ったのは予定より半日以上遅れるという有様。
強風を伴った雪は吹雪と見まごうばかりになり、おかげで2人は出撃が出来なくなってしまった。
そして今…何とか収まり始めた雪の中、
作戦の遅れを取り戻すべく先の通り策士の指示で2人は攻撃のタイミングを見計らう為に、
こうして外での待機を余儀なくされているのであった。





※ ※ ※ ※ ※





びょう、と勢い良く風が吹いた。
「寒ッ!」
普段あまり気温の変化に動じないレッドも、この刺さるような冷たい風には閉口する。
「ったく、いい加減収まれよな!こんな大きな雪の…。」
風で飛ばされてくる雪は目に見えて大粒だったが、
レッドは思わず頬に当たった雪に手を当て―――――
「…雪じゃねぇのが混じってる…。」
「何?」
言われてヒィッツもよくよく自分のコートを見れば、
白い雪に混じって、全く溶けない白い破片のような物が。
「何だこれは?」
まるで薄い膜が張り付くように服に肌にとついているそれ。
ヒィッツは一枚を摘み上げた。



「―――――花弁?」



辺りを見回すと、雪で気づかなかったが周辺の木は全部桜の木だ。
「気がつかなかったな…。」
白い満開の花が雪にさらされて更に白く咲き乱れ、
恐らくはもう盛りを越す所であったのだろう…この風に雪と共に攫われ、散っている。
「初めて見たぜこんなの。」
物珍しさか、レッドも目を瞬かせて周囲を見回している。
「先日までは暖かかったからだろうが、ご愁傷様と言ったところか。」
「全くだ。桜にしてみりゃどうしようも無ぇもんな。」
春を待っていた筈の桜はその寒さに花も凍りついているようだが、
その姿は今は哀れとしか言いようが無い。
同じ自然の中にありながらその脅威に晒されている姿は、命の短い花ゆえに侘しい。
それでも。
「………だが、美しいものだな…。」
ヒィッツが呟く。
白い雪と白い花。風に舞うそれは花嵐のようで。
そして季節の違うその姿が重なる様子は異種楽器の演奏にも似ている。
だがレッドはすぐに飽きたのか、一度ブルリと首を振り、
「どんなに綺麗でも今の状況に足しにはならねぇよ。
 散っちまえば終わりだ。花も人も、な。」
そう吐き捨て、攻撃目標の施設の方向へと目を向けた。
「情緒の無い奴だな。」
ヒィッツが溜息をつけば、
「情緒で生きていけんなら今の俺達は居ねぇよ。」
こんな真っ白な風景は自分達には無縁だ、とレッドは付け足すと、
「白ってのは死んでる色だ。」
そう一言呟いて、スカーフの端をつまんだ。








その後、数十分あまり経っただろうか。
風の勢いが急に落ち着いてきた。
「ん?…これは…。」
「…行けるか?」
視界を遮るほどに巻き上げられていた雪煙は薄れ、
刺されていたかのような突風も今は無い。
「やるなら今だな。」
「その様だ。」
顔を見合わせ、同時に地面を蹴る。
目標施設まで約5キロ。
十傑集の足ならば大した距離ではない。





※ ※ ※ ※ ※





攻撃目標の施設を見下ろして、2人はもう一度周囲を確認した。
「この辺は随分桜が多いのだな。」
先刻までの場所ほどでは無いが、やはりあちこちに山桜らしき木が点在している。
雪さえなければさぞ見事だったろう。
「桜はいいからよ、イレギュラーになりそうな物は無いな?」
多少気が急いているのか、レッドが早口で尋ねる。
「無いな。おまけにこの天候のせいか、あちらさんの動きも鈍そうだ。」
敷地内で見回りをしている人影はこの雪に泣かされているようだ。
「んじゃ、行くか。」
レッドが一度コキリと首を鳴らした。
「いつでも。」
ヒィッツがパキリと指を鳴らす。



施設に爆音と悲鳴が上がったのは、その数分後だった。









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