久々の休暇の朝。 だいぶ眠っちまってたのか、部屋の中が妙に明るく暖かい。 あー、気づかねぇ内に春になったんだなー、なんて柄にもなく思いつつ、 それより今何時だよ。今日は出かけるんだよな。 さすがにそろそろ起きねーとヤベーんじゃねーの、と、 サイドボードの上の時計に手を伸ばす……… 筈が、どうも手の長さが足りてない。 シーツの感触だけが虚しく手の平にぽふぽふと伝わってくる。 ―――――ぽふぽふ? どうもおかしい。何かが変だ。 俺はなかなか開かねぇ瞼を必死に開いて、伸ばした手の先を見つめる。 視界に飛び込んできた手は黒い。 あれ、俺スーツ着たまま寝てた? いや、よく見ると手の平まで黒くて、 よくよく見ると黒いのは服じゃなくて腕そのもので、 よくよくよく見ると腕が黒いのは毛のせいで――――― 「…でぇえええええええええッ?!」 慌てて飛び起きた…つもりが這い出した、にしかなってない。 手も足も真っ黒。なんか良くみれば黒い長いものがケツについてるし。 頭の上で何かピクピクしてっけど、これは恐らく…耳。 これ以上はないって位に見事に、俺は一匹の黒猫になっていた。 ※ ※ ※ ※ ※ 普段、何か起きても「起きちまったものは仕方ない」で済ます事が多い俺だが、 さすがにこれはその一言で片付けられない。 必死に昨日の記憶をたぐり寄せ、何か原因になるような事があったかと考えてみる。 任務が終わり、時間通り帰還して、珍しく締め前に書き上げた報告書出して ―――――風呂上がったら少しだけ寒気がしたから、医局に行って――――― 『風邪ですかレッド様?』 『わかんねぇけど、寒気がしたんだよ。珍しく。』 『先だっての任務は南米でしたか。何か感染でも起こしましたかね…。』 『知らねーよ。確かに虫とか刺されたけどよ。』 『特定できない症状に試したくはないんですがね…。』 渋るドクターにいいからどうにかしろって脅したら、最近開発した薬とやらを渡されたんだったな。 『風邪ならばこれでほぼ間違いなく完治しますが、他のだったら…。』 『別に死ぬ訳じゃねーだろ。いいよソレで。』 『死にはしませんが、副作用は保証しませんよ?』 副作用にも程があるだろこれは! どこの世界に薬飲んで猫になる副作用があるんだよ! ………今、これがそうか。 そこまで一気に思い出したら、なんか力が抜けた。 どうすんだよコレ。声帯も変わってるから喋れもしねぇし。 手は見事に肉球がふにふにした猫手だから筆談もできねぇ。 それに今日は出かけるんだよ。久々に。 ………って、しまった!そろそろ本当に時間…。 ピンポーン。 「レッド?起きているのか?」 ―――――来ちまった…ヒィッツが………。 ※ ※ ※ ※ ※ ロックは解除してあったので、ヒィッツはそのままやって来た。 「レッド?…おい、まだ寝てるのか?」 多少苛立ちの混じった声が寝室に近付いてくる。 あー焦ってもどうしようもねぇけど…どうするよ俺! 「レッド!おい!起き………!」 まだ寝ていると思っていたらしいヒィッツはドアを開けたとたんに怒鳴りかけたが、 ベッドが空なのに気づいて口を閉じた。 「?…居ないじゃないか………。」 よりにもよって何で今日だよ。 まだ何にもない日だったら一日様子見るとか出来たのによ…。 そう思ったら珍しく溜息が出た。 そしてその溜息は鳴き声になってたらしい。 「!…なんだ?!」 俺の声に気づいたヒィッツがベッドサイドまでやってくる。 うわ、猫の目線って思ったより低いな! いつもなら気にならないヒィッツの顔がやけに遠い。 「―――――猫?」 隠れても仕方ねぇから大人しく座ってると、ヒィッツが屈みこんで不可解な顔をしている。 「何で猫が…レッドが連れてきたのか?」 連れてきたっつーか、本人ですが。通じる訳ねぇけど。 そう思っているとヒィッツの手が伸びてきて、恐がらせないようになのか妙に柔らかく頭を撫でられた。 ………変な気分だな。 「それはそうと…レッドは結局どこに行ったんだ。」 目の前だよ! 「ん?どうした?腹でも減っているのか?」 〜〜〜〜〜!!!言葉が通じねぇってのはイライラする! 「…着替えた様子がないし、ドアは開いていたのだから留守だとしてもすぐ戻るかな。」 簡易ソファに放ってあった俺のスーツを見て判断したのか、ヒィッツはフゥ、と息をつくと、 「たまに予定を合わせてやればこれか…まったく…。」 そう言って立ち上がり、寝室を出て行こうとする。 ………何がどうする事も出来ないけど、今一人にされるのはちょっと…ツライ。 慌てて追いかけてズボンの裾に噛み付いたら、ギョッとした顔で立ち止まった。 「やっぱり腹が減ってるのか?…レッドも連れてきたのなら世話くらい…。」 言いながらヒョイと身体を持ち上げられ、肩に乗せられた。 うお!想像以上に高ェ! 「お前の飼い主が何か冷蔵庫に残してればいいんだがな。」 そう言って背中を撫でられる。やっぱり変な気分だ。 冷蔵庫には多少食い物が残っていたらしく、ヒィッツは何やらゴソゴソと準備している。 何となく気持ちが落ち着いてきたら本当に腹が減ってきた。 なあ、早くなんか食わせろ。なあ。 「すぐに済むからちょっと待ってろ。レッドかお前は。」 その通りなんだけどなぁ。 そうこうしている内に、何やらいい匂いが鼻に届く。 「食えるかな…味は薄くしたんだが。」 そう言って屈みこんだ手に、小さな皿と美味そうなメシ。 「ミルクリゾットなら猫も平気だろう…ほら。」 猫の舌にも平気なように冷ましてあるらしい。ちょっと舐めたら、食欲が一気に上がった。 「随分と腹を空かせてたんだな…。」 皿に顔を突っ込んで食うのはさすがに慣れてねぇけど、今は仕方ない。 …相変わらず美味いな。 「気に入ったようで何よりだ。」 その声にヒィッツの顔を見上げたら、妙に穏やかな笑顔があった。 ………何だよ、いつもはそんな顔した事ねぇくせに。 「鼻についてるぞ。」 長い指が俺の鼻先についてた米粒を拭う。 思わずその指に舌を伸ばしたら、一瞬驚いた後にまた笑う。 「間違いなくお前はレッドの猫だな。」 悪かったな、即物的で。 抗議の声だったのに、また頭を撫でられた。 ※ ※ ※ ※ ※ ヒィッツが俺を待ち始めて30分ほど過ぎた。 「―――――何処に行ったんだあいつは…。」 ソファでTVを眺めていたヒィッツが時計を見て溜息をつく。 待ってても俺はここな訳だから、どうしようもねぇんだけど。 ちなみに俺が今どういう状況かと言えば、ヒィッツの膝の上で身体を丸めてる状態。 ………言っとくが、自分で乗ったんじゃねーぞ。ヒィッツが勝手に乗せたんだ。 それにしても、メシを食ったら眠くなるってのは猫の習性なんだろうか。 クワァ、と欠伸したら、ヒィッツの指がまたするりと頭から背中を撫でる。 「お前の飼い主がどこ行ったか知らないか?」 目の前だよ。 「折角………。」 しかし…ヤベ、撫でられてるのが気持ちいい…寝ちまう…。 「久々に休暇が重なったのにな…。」 残念そうに聞こえたのは俺の耳が今、ヒトと仕様が違うせいだろうか。 そんな事を考えつつ、俺は急速に睡魔に引きずり込まれていった。 |
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