| イってしまった余韻のせいか、ヒィッツの身体はまだ微かに身震いしている。 痙攣にも似ているその姿は網にかかって打ち上げられた魚の様だ。 レッドは自分とは質の違うその白い肩から背中にかけてのラインに薄く流れる汗にしばし目を止めていたが、 息苦しさにいよいよ荒い呼吸を繰り返すヒィッツの様子に自分自身を押し込んだままだった事に気づき、 何の前置きも無く引き抜いた。 「あぐッ…!」 今度は引き抜かれた反動で身体が跳ねる。 つい今しがたまで繋がっていた場所からドロリと生暖かい残骸が溢れて、 背徳的で淫靡なその光景にレッドの喉が鳴った。 すえた様な臭いは決して愉快なものでは無いが、 レッドはその白濁した液と汗を指先に混ぜながらすくいとり、軽く舌先で舐めてみた。 自分の体内はこんな味か。当たり前だが美味いものではない。 だが、どんなに身体を繋げても決して一つにはなれないというのに、 その体液だけは実にあっさりとその欲望を叶えてしまった。 何か悔しくなってその勢いのままヒィッツのうなじに噛みつくと、 ヒァ、と情けない掠れた声と同時にまた身体が跳ねる。 その身体をシーツに押しつける様にぴったりと重ね合わせたところで、 レッドはその夜初めて満足気に息をついた。 久々に無理を強いたと思う。 思うだけだ。 意識が混濁しているのか、ヒィッツの身体の震えが治まっていない。 腕を脇腹へと伸ばすと、怯えたように一瞬だけ硬直する。 本能が自分を避けようとしているのだろうな、と思ったが、それを許すほど心は広くない。 左耳に軽く歯を立てたところで、ひどく幼い仕草で首を振られた。 伏した枕と長い髪が当たってさわ、と微かな音がする。 全てを否定されたような気分になって、レッドは構わずその耳にもう一度歯を立てる。 今度は軟骨の感触もわかる程に。 「痛ッ!」 流石に多少大きい声がヒィッツの口から漏れたが、もう気にもならない。 さっきまで散々罵声も悲鳴も喘ぎも叫ばせてやった。 まだ何か言い足りないのか、と、髪を掴んで後ろに引くと、喉が反り返って静かになった。 唇だけが動く様は無声映画のようで滑稽だが、 眉をひそめてまぶたを閉じている顔は面白くない。 レッドは膝をついて自分とヒィッツの間に隙間を作ると、 脱力していたヒィッツの身体を反転させ、相向かいにしてしまった。 「目ェ開けろよ。」 そう言って、閉じていたまぶたを舐めた。 さっき覚えた自分の体液の味がする。 おそるおそる、という形容がピッタリな様相で、ヒィッツは僅かにその目を開けた。 相変わらず人外の様な白い瞳がレッドの顔を見つめる。 たったそれだけの事だが、満足だった。 上機嫌な猫のようにレッドはその頬に自分の頬を擦り付ける。 頬擦り、と言えばかわいらしいが、部屋の空気は決して暖かなものではない。 むしろ嫌な熱が篭っているようにも感じる。 決して狭くない寝室が、たった2人の熱で侵蝕されていた。 「熱い…。」 耳元で聞こえた声にレッドの動きが止まる。 「気持ちが悪い…。」 限界まで犯した時の、ヒィッツの最後の泣き言だ。 自分の体温ですら拒絶したくなるのか、無理強いした時は必ず最後にこう付け加える。 「…フン…。」 レッドは少し不機嫌そうに鼻を鳴らしたが、もう慣れた事だ。 身体を起こしてベッドから降りると、同じく起き上がろうとしたヒィッツの身体を抱え上げる。 「離せ…!」 「黙れ。」 同じ男に抱きかかえられているのは屈辱なのだろう、 ヒィッツはどれだけ身体が動かなくても自分の足で立とうとする。 実際にそんな体力も足腰の力が無いのも知っている。 暴れたくても動けない身体がまさに”動かぬ”証拠だ。 レッドは慣れた調子でそのままバスルームに向かうと、 ユニットバスの中でヒィッツを膝の上に乗せる格好で足を伸ばした。 何も着けていない状態はこういう時だけ便利だ。 へばり付いた皮の様な服を脱ぐ手間が無い。 ベッドの光景の巻き戻しのように、重ねた背中と胸が心地いい。 レッドが右手を伸ばして壁の栓を捻ると、上から温かな雨が降り出す。 シャワーの熱に気が緩んだのか、ヒィッツの身体がレッドに寄りかかる様に沈む。 狭いバスタブの中、その身体を閉じ込めるように両腕でかき抱く。 「―――――私は逃げないぞ…。」 「逃げられない、だろ。」 逃がすつもりも無いけれど。 シャワーの湯は静かに2人を濡らしていく。 混ざった体液や汗が落とされていく事に不満はあったが、 自分が一つになれないのなら意味は無い。 だったら一緒にこうやって同じ雨に浸食されていく方がずっと良い。 少なくとも………同じ温度は共有できる。 その熱はヒィッツにはどう感じられるのだろうか。 今日のきっかけは何だっただろう。 ほんの数時間前の事が、もう思い出せない。 それでもこうして2人、 意識が溶けそうな程に絡み合う事に安堵している自分が居る。 たとえ完全に自分の方を見ようとしない眼であっても、 向けさせる事なら出来るのだ。 こうして、 無理矢理にでも、 自分を捩じ込んでやれば。 下腹部に鈍い欲情がもたげたが、流石に呆れて押し止める。 腕に腕を重ね、指と指を絡め、 二匹の蛇が伝っているようだ、とぼんやりと見つめた。 バスタブから溢れた湯の流れが遠くに聞こえる。 無意識なのか…文字通り意識が無いのか、ヒィッツの身体がレッドにもたれ掛かった。 流れる湯に鈍く光る肌は自分とは違う。 触れるか触れないか程度にその首筋に唇を寄せると、甘く誘うような溜息が漏れた。 ―――――錯覚かも知れないが。 「ヒィッツ。」 名前を呼ぶ。返事は無い。 「ヒィッツ。」 名前を呼ぶ。それが本名なのかは今でも知らない。 「ヒィッツカラルド。」 名前を呼ぶ。自分が知っているのはそこまでだ。 「………何だ、レッド…。」 名前を呼ばれる。 それは本名であるかは教えていない。 ヒィッツが知っているのはそこまでだ。 互いに互いの事など全て知る必要はないのに、 全てを欲しくなるのは愚かだろうか。 その貪欲さをなんと位置づけても構いはしないが、 少なくともそれはどうしようもなく絶望的な感情だという事だけは知っている。 「―――――愛してるぜ。」 それはこの世で一番不確かな感情と言葉。 * * * * * タイトルは江戸川乱歩氏の短編小説から。 昔ざっと読んだだけなので、機会があったら読み直したいです。 夜中に寝る直前に思いついたので何やらおかしな展開に。 PC立ち上げるのが面倒で、目覚まし代わりの携帯からPCに 思いついたメモだけメールして書き上げました。 通信費の無駄遣い(爆) |