君は欲張りだからねぇ、と幻惑は笑った。何を基準に奴がそう言ったのかは解らない。俺に言わせれば奴も充分欲張りで、そして無いものねだりを繰り返し、結局はどんな魔法を使うのかは知らないが手に入れてしまう。そんな奴の手法は実に鮮やかで感心はするが、自分には決して真似できる事でなく、そしてそんな手口で俺が満足しない事も解っている。欲しいものを欲しいと言うのが決して悪い事ではないけれど、と奴はカップに口をつけ(俺はこうした勿体つけた言い方は嫌いだ)、ほんの少し何かを見透かした目で微笑む。否、口だけを笑顔のように見せかける。目は決して笑っていない。その態度も腹が立つ。確かに奴の能力や性格を考えれば地に足の付かない、どこか朧げな印象はあるのだが、そのくせこいつは十傑集の中で一番のリアリストだ。突飛の無い事を言い出して周囲を(奴が心酔して止まないあの衝撃ですら)煙に巻き、一番夢見がちな態度を取るくせに、人の態度や心理を読み取って利用する様は決して夢想家のそれではない。そしてその口は時折腹が立つほど正論を言い出す。それもまた腹が立つ。たとえそれが正しいと解っていても従えない時は数多く存在するのだし、それもまた現実だ。俺は決して現実を見ていない訳じゃない。むしろアイツの方がよっぽど遠くに居る。そう、俺は正常だ。アイツが遠くを見ている限りは俺はまともだ。だから、そんなアイツをくだらないつまらない現実を見据えて立っている俺の位置まで引き摺り下ろして何が悪い。だが幻惑はもう一度目の笑っていない不完全な笑みで俺を一度見つめると、果たしてどちらが本当の真っ当な世界だと誰が決められるのだい?と問いかけた。
物事には筋道が在る物だ、と樊瑞は溜息をついたが、私には何の事だかは解らない。私が樊瑞の執務室に訪ねて行くのは稀だが、そこでコーヒーを勧められたのも初めてだ。だが、どこから何の話でこの流れに行き着いたのかは思い出せない。記憶がすとんと抜け落ちたような気もするが、それをほのめかすと(これはもう彼の癖と言ってもいい気がしたが)樊瑞はもう一度溜息をつき、お前は自分で考えるより性急なのだと言った。樊瑞は常に何かしらの問題を抱え込んでいるので(それこそ孔明が稀有な事に手伝ってやろうとしても、だが)、その眉間には縦皺が目立つ気がする。もう少し見目を良くしようとかそういう気は起きないのだろうか、とも思うが、あいにくとそのアドバイスは受け入れてもらえそうに無く、樊瑞は一度困惑したように眉をひそめ、2回程脇のテーブルを指先で軽く叩くと、行動する時は初めに10数えてみろと言った。そんな子供のような、といささか憤慨する。樊瑞はそう言うが私は常に物事は筋道を立てて考えている。少なくとも奴のように口より先に手が出るような粗野な行動はとらない。普段の任務は確かに破壊活動が多いのだから奴と一括りに見られがちだが、それでも私の方が余程理路整然と現実を見据えて動いている。奴の方がどれだけ浮世離れしている事か。もちろん、全てを否定する訳ではない。能力と戦闘時のセンスは優秀だ。だが、その力が研ぎ澄まされれば澄まされるほど、奴は人より獣に近付いていく。そんな狂人よりは遥かに私の方が真人間だ。だが樊瑞は私の言葉を黙って聴き終えると、百歩譲ってそれを認めたとして、果たしてそれが狂人だと誰が位置づけたのだ、と私を見据えて尋ねた。
相変わらず背中を向けているコイツには腹が立ったが、今日はまだ逃げ出さなかっただけマシだったかと思う。普段なら遠くを見ているその正体の解らない眼がはっきり自分を見つめるこの時間は好きだ。全部を手に入れたいと思ってしまうのは、その眼を抉ってしまいたい衝動の代償行為だ。そう思うと、なるほどその考え方は真っ当な考えではない、酷く夢見がちな理想かもしれない。背を向けていた奴の肩を掴んで振り向かせると予想外に奴は眠ってはおらず、何だ、と酷く不機嫌な声を発した。その眼は間違いなく俺を見つめていて、出来る事ならこの現実にその身体を縫い付けてやりたいと思った。何も言わなかった俺にその顔はますます不機嫌になったので、もう一度背を向けようとした奴の顎を捕らえて喉笛に噛み付くと、妙に弱い肌という名の皮の下で悲鳴とも感嘆とも取れる音が響いた。
気配はまだ消えない。背中に圧迫のような空気を感じる。今日はどうも調子が狂ってつい誘いに乗ってしまったが、非道徳な行為は部屋の空気もどこか爛れた狂気に染めている気がする。だがそれが不快には感じられなくなるのは、どこか生暖かい背徳行為が言いようの無い悦楽を伴うものだから。そう考えると、確かに狂人と真人間の境目は曖昧で、はっきりとその線を両者の間に引く事は出来ないのかも知れないと思う。そこまで思考が辿り着いたところで肩を掴まれて振り向かせられたので、何だ、と自分でも可笑しい位に乾いた声が口をついた。食い入るように自分の目を見つめるレッドはいつしか自分の眼を食い破る気ではないのか。そう思うとまた見え隠れする獣性に不本意ながら身が竦む。咄嗟に防御しようとした身体を捕らえられ、同時に噛み付かれた喉の奥で、何故か艶っぽい音が響いた。



* * * * *

実験的なSSになりました。読みづらくて申し訳ない(汗)。

読み込んでもらうSSも好きですが、感覚で捉えてもらうSSというのも好きなのです。
文字の羅列から視覚に訴えるというか…。書ける場所は限定されますが。

ノートの端では近い事をやってましたが、
どうしても構成に限界があるので今回はこちらで。
書いている方は楽しかったです。