冬の朝は遅い。
だが、確実に夜明けは近づき、部屋の温度を奪っていく。
その妙な緊張感と底冷えはこの季節特有だ。
そんな中、レッドは妙な生暖かさを感じて目を覚ました。








「―――――?」
これが何かの罠とか悪戯でなければ、今目の前にあるのは間違いなくヒィッツの髪だ。
いや、確か一度夜中に目が覚めてヒィッツの髪が広がるのを見た覚えもあるが、
それは確かヒィッツを下にしていた時の事で、今のこの状況とは反対の位置だったはず。
レッドは自分がまず仰向けになっている事に疑問を覚え、
ヒィッツが自分の上に乗った状態で眠っている事に違和感を感じ、
ご丁寧に自分の右手がその身体を支えていた事に不審を抱いた。
普段なら絶対ありえないこの状況はなんなのだろう。
レッドは本当に誰かが自分が寝ている内に悪戯でもしていったのかと思ったが、
そんな酔狂な奴が他の十傑集に居る筈もなく、
ましてや、ヒィッツはまだしも自分に気づかれずにそんな事をやってのけるのは不可能だ。
だとすれば…あまり認めたくないが…自分が何かしら動いたと言う事。
ヒィッツ自身が寝ぼけて、というのも考えられなくはないが、
少なくともそんなある意味『据え膳』の状態なら、その場で覚醒している気がする。
…それは他人が聞けば呆れるところだろうが、レッドにとっては至極当然であるのだ。



レッドはヒィッツの身体を押さえ支えていた右手を動かすと、
目の前にあるその髪を軽くかき上げてみた。
果たしてそこには夜中に見た通りのヒィッツの寝顔があり、
今度こそ熟睡しているのか、髪を触られている位では起きそうになかった。
薄く開いた唇がスウ、と規則正しい寝息を吐き、
その呼吸がレッドの胸に僅かだがかかる。
ヒィッツの身体は眠っているせいで何となく重く感じたが、
そもそも自分の上にヒィッツが乗っていた事など今まで数えるほどしかない。
なので、この重さがヒィッツ自身の本当の重さなのか眠っている為に重く感じるだけなのかは、
今のレッドにはわからなかった。



さて、それよりも問題はこの状況だ。
こんな甘ったるい状況は女相手でもお目にかかったことは無い。
自分が動いたにしろヒィッツが寝ぼけたにしろ、
やっとはっきりしてきた意識でまず理解したのは『これ』が現実であるという事。
レッドはどうしたもんかな…と誰に聞かせるでなく一人ごちたが、
そんな呟きでヒィッツが起きる筈もなく―――――結果として、
妙に手触りの良いその髪を右手で何度となく梳く動作を続けてしまっていた。
冬の底冷えする空気の気配で夜明けが近い事はわかったが、
その寒さを差し引いても、レッドは寝なおす気になど到底なれなかった。
いっそ部屋に戻ろうか、とも思ったが、
胸の上で眠るヒィッツの体温が絶妙な温かさで…抜け出すのには根性が必要のようだ。
無駄な努力はしないのがレッドであったので、部屋に戻る選択肢は数秒で棄却された。





目を覚ましてから実際には数分、もしくは十数分といったところだろうが、
毛布から出ていた肩が冷えてきたらしく、レッドはブルリ、と身体を震わせた。
ここでヒィッツを蹴り落として毛布を奪うのは簡単だったが、
通常ありえない状況を手放すのも惜しい気がする。
かといってこのまま大人しく風邪を引くのも馬鹿らしい。
「…おい、ヒィッツ。おい!」
髪を撫でていた右手を掴み直すと、レッドはグイ、と後ろに引っ張って顔を上げさせた。
「起きろよバカ。おいって!」
「―――――…。」
声を大きくすると、やっとヒィッツは目を開けたが、焦点が合っていない。
いや、もともとわかりづらい目ではあるのだが、そこは長い付き合いである。
「毛布寄こせよ!お前乗っかってたんじゃ毛布が届かねぇんだよ!」
「んー…。」
ヒィッツは一度レッドの顔を見、自分の上にかかっている毛布をつまむと、
自分の上にかけ直してしまった。
「あ、コノ!」
「眠い…。」
レッドが今度こそ怒鳴ろうとしたその時、ヒィッツがもそもそと移動した。

レッドの上を、である。

「ぐぇッ!」
酷い声だが、大の大人の体重がみぞおちにかかれば当然だろう。
「この…ッ…!」
一瞬殺意が芽生えたレッドだったが、次の瞬間動きが止まった。
肩がすっぽりと被さるように、ヒィッツは毛布を”自分ごと”レッドの上にかけ直したのだ。
「〜〜〜〜〜ヒィッツ!!」
ヒィッツの体重とこの状況の照れ臭さで、精神的にも肉体的にも顔が赤くなったレッドは、
明け方近くという時間帯を考えずに怒鳴ってしまった。
もっとも、居住棟の壁はそんな薄いものではないので、この程度の声なら響くはずは無いのだが。
「起きろコラ!誰がお前も乗れって言ったんだよ!」
「うー………。」
ヒィッツの声が不機嫌そうな呻きに変わった。
ここにきて、レッドはヒィッツの寝起きが極端に悪い事を知る。
普段あれだけすかした態度の伊達男は、今は多重人格かと思えるほどの幼い態度だ。
「とにかくどけよヒィッツ!重いだろ!」
繰り返すが、はたして本当にヒィッツが重いのかは今のレッドにはわからない。
だが、寝ぼけていた今のヒィッツにはそのフレーズは地雷だったらしい。
「………誰が重いって?」
伏せていた顔が急に上がり、ヒィッツはズイ、とレッドの前に自分の顔を寄せた。
ギョッとしてレッドが黙ると、ヒィッツはいよいよ不機嫌な表情で、
「そもそもなぁ、私もお前も成人男子だぞ?重くない筈がないし、それを支えることもできんのか!」
言ってることの主旨が微妙にずれている気がするが、今のレッドにそれを突っ込む余裕は無い。
「それをたまに私が乗ったからって重いの何の…。いつもお前に乗られてる私の身にもなれ!」
普段なら口が裂けても言わないであろう台詞にさすがのレッドも唖然としたが、
ヒィッツはそのままレッドの上に馬乗りになってしまうと、
「この状態でお前の体重を受けて動かれてるんだぞ私は?
 それなのにいつもいつも無茶をさせて………。」
ヒィッツはまだ何かブツブツと呟いていたが、
どうやら寝起き…いや、寝ぼけた状態での興奮は冷めてきたらしい。
『こいつ、酒飲んでた訳じゃないよなぁ…。』
レッドはしばらく世にも珍しいヒィッツの悪態…と言うにはかわいすぎる…を聞いていたが、
いつの間にかヒィッツとは反対に自分の身体が完全に起きたことを悟った。

ニヤリ、とレッドの口角が歪む。





ヒィッツは結局そのまま上でまたもやウトウトとし始めていたが、
レッドはヒィッツを自分の腹の上に座らせたまま身体を起こすと、ヒィッツの顎を掴んだ。
「悪かったよ、重いなんて言ってよ。」
「…?」
睡魔が今一度訪れたヒィッツには、レッドの言っている事は理解できていない。
当然ながら、レッドが何をしようとしているのかもわかるはずが無い。
「そうだよなぁ、いつもお前が俺の下にいる訳だし、
 たまには俺も重い目に合わなきゃ割が合わないよなぁ?」
そう言うと、レッドは素早くヒィッツの唇を塞いだ。
一度眠りに沈みかけた思考回路はまだ働かないのか、ヒィッツは大人しくそれに応えている。
差し入れた舌にも抵抗なく、レッドはしつこい位にキスをすると、
「じゃあ、今回はお前が上な?」
そう言ってヒィッツの首筋に舌を這わす。
勿論、両手はもう手首を掴んで固定済みだ。
「ひゃうッ?!」
ヒィッツの口から素っ頓狂な声が漏れたが、
レッドはお構い無しにその首筋、胸、耳、と、ヒィッツの弱いところに舌を這わせ歯を立てた。
「あ……?れ、レッド…?」
ヒィッツにしてみれば”いつの間にか”与えられていた愛撫に、やっと目が覚めたらしい。
戸惑ったような声が自分を呼んでいたが、レッドは無視して耳元に口を寄せると、
「うん、まあ、お前も俺も慣れるべきだと思うし?」
そう言って、ヒィッツの腰を持ち上げる。





何を、と言いかけたヒィッツの口から次に飛び出したのは、
自分を下から突き上げてきた痛みに対しての悲鳴であった―――――。





※ ※ ※ ※ ※





窓の外が白々と明るくなってきた。
結局レッドはあのまま『ヒィッツの重さに慣れる事』に専念していたが、
ヒィッツの方がリタイアして、今はまた横で枕にうつ伏せの状態だ。
ビデオテープの巻き戻しのような光景にレッドは軽く笑ったが、
そのままふと、自分の腕をやはり深夜のリプレイのようにヒィッツに重ねてみた。
ほのかに明るくなってきた部屋の中、夜中の光景よりも白い腕がシーツに浮かぶ。
同時に、深夜に過ぎった考えが舞い戻る。

1+1は2なのだ。
だからこそ、自分はヒィッツを求めている。

もちろん、全部が一つになりたい欲求が無くなったのかといえばそれは嘘になる。
貪欲な感情が涸れる事がないのが人間だ。それは誰でも同じだ。
自分は、それがヒィッツカラルドと言う一個人に限定されているだけのこと。
決して一つにはなれないから、「そうありたい」と欲が出る。
もしも本当に一つになれたとしたら―――――
…次はきっと、「別になりたい」という欲が出る。
別々でなければ、こうして些細な事でケンカすることも、
自分にしか見せないその顔を見ることも、
何よりも、自分の手でヒィッツに触れる事が出来ないのだから。





   本当、厄介だよなぁ―――――。
   改めてヒトというものの存在が馬鹿馬鹿しく思え、
   レッドはその代表であるヒィッツの耳に軽く歯を立てた。





長い冬の夜が、ようやく明けようとしている。












* * * * *

思いがけず続けてしまって三部作状態に(汗)。

前の2作があまあま〜のダラダラ〜だったので、
少しこう、バカなことで争う二人を書きたかったのですが…無駄でした_| ̄|○
うちのヒィッツは”寝起きが悪い抜けた人”決定っぽいです