風が吹く。
瓦礫と化した施設は生き物の気配はない―――――2人以外は。
黒い男は手の腹にこびり付いた血を軽く舐めると、眉をひそめた。
「不味い。」
誰に聞かせるともなく呟く。
その声に答えるかのようにまたゴウ、と一陣の風が吹く。
瓦礫から砂と埃が舞い上がる。
遥か向こうに見える火の手は収まりそうにない。
咽そうな焦げついた臭いと、吐き気を催しそうな血の臭いが流れていった。



煉獄の光景もかくや、というその場所に、何かが聴こえた。








レッドは同じく瓦礫の上に立つヒィッツの姿を見た。
数十メートル離れた彼は、自分とは対照的に服に染み一つ見えない。
いくら能力的に自分の手を汚さない彼だとて埃くらいはかかるだろうに、と、
レッドはいつも不思議に思う。
それ程、彼の姿はいっそ清々しいまでに清浄だ。
そんな彼は今何故か軽く目を伏せ、その場に佇んでいる。
強い風に目を閉じたのかとも思ったがそうではないらしく、
レッドの存在を忘れているかのようにも見えるヒィッツの口が微かに動いていた。





風に千切れるは、歌声。
今自分と共に全てを藻屑に変えた男は、カテドラルの住人となっていた。





「………祈ったって救われやしねぇよ。」
踏みつけた足元でガラスの跳ねる音。
ヒィッツは眠りから覚めるようにその目を開けると、
「救われようなんて思っちゃいないさ。」
そう笑い、レッドを見据える。
「じゃあ何故歌う。」
と問えば、
「優越感さ。」
と答えた。
「私は生きてる。こいつらは死んだ。これ以上素晴らしい事はないだろう?」
そう言ったヒィッツの足元に事切れた男の手が見えた。
「そうか。」
「そうだ。」
じゃあ何故そんなにも、と、レッドは続く言葉を飲み込む。



お前のその声は祈りに似ているのだろう、と。



「―――――もう一回歌えよ。」
「何だ急に。」
「優越感が理由なら、俺の分も歌え。」
聴いてやるから。
そう言ってレッドは近くの瓦礫に腰をかける。
右膝を抱えて、そのまま目を閉じた。
「…勝手な奴だ。」
そう呟いた声が一瞬すう、と軽く息を吸う音に変わり、
先刻よりもずっとはっきりとした声の歌になる。
恐らくは―――――彼が唯一覚えているのであろう神への祈り。
その声は収まり始めた風に乗り、遠く地を焼く炎の波を撫でる。
歌声は時に高く時に低く、優越感などという俗的な感情からは一番遠い所で流れていく。



「相変わらず嘘つきだなお前は。」
と1人呟けば、
遠い昔に無くした筈の何かが閉じた両目を覆っていく。
今の自分にいらないものが溢れそうになったが、唇を噛み締めてそれを抑えた。








・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・








…目の前のヒィッツはとうに抜け殻だ。
舞い上がる砂埃と炎の風、溢れ流れ出る血の臭いはいつもと変わらない。
自分の手で引導を渡したその姿に背を向けると、不意に巻き上がる小さな風。



カテドラルの歌が聴こえる―――――



「…祈りなら、聞かねェよ。」
後ろは振り返らず、呟く。
「俺が逝くまで、俺の分も歌え。」








いつかの瓦礫の記憶がよぎったが、すぐに砂塵の中に埋もれてしまった。
自分は、祈りすら持たずに歩いて行く。










* * * * *

ヒィッツの死にネタはダーク以外では使いたくなかったのですが、
一度はやっぱり書いておきたかったのです。

レッドはもう昔から心構えとか精神面で免疫がついてると思うんですが、
ヒィッツは能力に目覚めてから以降に破壊行動への感覚が身に付いたと思ってるので、
たまーに自分が意識しないところで神に縋ろうとしてしまう所があったんじゃないかなと。
(欧米系ならカトリック(orプロテスタント)だと思うし。カテドラルはカトリックですが。)
そんなヒィッツの心に共鳴するレッド…って夢見すぎorz