世界的な暖冬はこの街でも例外ではなく、
例年なら雪の一つや二つ降っている頃であるのに、今年は一度も降っていないと言う。
「それでもクリスマスだからねェ、まあ」
市場で肉を売っていた恰幅のいい店主はそう言って笑ったが、
ほんの僅か、その笑顔が引きつっているのが見て取れた。
どこまで気候の影響があるのかはわからないが、見込みよりは売り上げが無いのだろう。
「確かに今年はあったけぇもんな」
薄手のジャケット一枚のレッドが右手の袋を持ち替えながら言う。
風もなく穏やかな冬の日。
訪れたスーパーや市場ではクリスマス用の食材や雑貨が並べられてはいたが、
この暖かさでは何となく違和感すら感じてしまう。
辛うじてそれらしい盛り上がりを見せていたのは菓子屋の軒先位だった。
「買い物はこれで終わったか? ヒィッツ?」
「そうだな……二人で食べるのならこんなものだろう」
私はメモと手元の袋の中身を確認した。
「じゃあ後は酒か? とっとと買って帰ろうぜ」
勝手知ったるという体でレッドが歩き出す。その背中を見て、自分の口の端が上がるのがわかる。
まるで昔からこの街に住んでいるように歩く自分達が何となく可笑しかったのだ。



※ ※ ※ ※ ※



出来合いのオードブルにオーブンで温める程度のチキン、そして小さなケーキ。
今年のクリスマスは手の混み具合という点では今までで一番簡素なものだったが、
不思議とレッドは普段の様な文句を言わなかった。
酒だけは妥協せず良い物を選んだせいかもしれない。
「昨日まで戦場にいた事を考えれば御の字だ」
そう言ったレッドは私が選んだシャンパンの最後の一杯を飲み干した。
――――二人きりで私の『部屋』でクリスマス休暇を過ごすのはもう何回目だったろうか。
確かに昨日まで私達はそれぞれ任務に当たっていて、本部に帰還したのは深夜だった。
それでもお互い示し合わせた訳でもなく、そもそも連絡すら取っていなかったのに、
それぞれの任務が終わったことや帰還したこと、
妙な所で律儀な策士殿から数日間の休暇を与えられたことを知った時、
どちらともなく出向いて『部屋』に行こうと決めていた。
これが昔の私ならばレッドの事など気にせずその時々の“彼女達”に連絡をしていたろうに。
「……今年は本当にらしくないクリスマスだよなぁ」
レッドの言葉に一瞬自分の心が見透かされたように思えてギクリとする。だが、
「何年前だったけか?この時期俺がここに押しかけた時。あの時はみぞれですげぇ寒かったよな」
「ああ、あの時か」
どうやら勘違いだとわかって内心ホッとした。
それはクリスマス前に本部を抜け出した自分をレッドが先回りしていた時の話だ。
レッドの顔色があれほど悪かった覚えは後にも先にも無い。
「あれと比べたら今年は春みたいなもんだよな」
「春は言い過ぎだと思うが……まあ寒暖差は歴然だな。私も厚手のコートを出さずに済んでいる」
私は自分のグラスを空けた。良い酒で程よく酔った身体は別の意味で温かい。
テレビやラジオをつけている訳ではないので会話が無ければ部屋にはほとんど音が無いのだが、
その静寂は決して重く息苦しい事は無く、むしろ穏やかで心地良く感じられた。
「まあ本当に……らしくない」
しばらくの沈黙の後、レッドが独り言のように呟く。
その台詞は先刻までの気候の話で無いことはわかっていたが、私は聞こえなかったふりをした。





弱い暖房でも十分に暖かな寝室で、私達は緩やかに交わる。
その速度も普段の私達からは考えられない事だったが、
互いに触れる指先や手のひら、そして重なる肌と唇は決して焦ることは無く、
単なる快楽を追うだけのそれとはどこか違っていた。
「ア……ンンッ……!」
いつもより丁寧に与えられる愛撫に、私の口から素直な声が漏れる。
同じ噛まれるという行為も今日は痛みとは程遠く、
むしろ甘く痺れるような刺激となって身体を敏感にしていく。
そんな中、レッドの爪の先が私の鎖骨から胸へと滑り屹立した乳首に触れると、
一瞬で身体を電流が駆け抜けたような感覚が走り、私は思わずレッドの身体に縋りついた。
「うん?」
まるで幼子に何かを問うような相槌が耳元で囁く。だがその声音は決してからかう様な物ではない。
「気持ちいい……」
囁きに答えるように、私の口からそんな言葉が零れる。
普段の私なら決して口にしない一言。けれど今日は自然とそれが出た。
レッドはその一言に少しだけ驚いたようだったが、すぐに「そうか」と答え、
そのまま私の唇を塞いだ。
ゆっくりと、まるで氷砂糖を溶かすかのような丁寧なキス。
いつしか絡めあった舌が蜜を誘発し、口の端から溢れ流れていく。
その間にもレッドの指は私の胸を刺激し続けていたが、
羽毛でくすぐられている様な柔らかな感覚は少々もどかしい位だ。
しかし、それすらも今は心地よく愛おしい。
――――正直、この感情が何なのかは未だに私にはわからない。
恋愛の一言で片づけるには複雑で、けれど既に友情とか仲間という一線は超えている。
単なる性欲処理というには危うくて、遊びと割り切るには踏み込みすぎた。
これが普段の嵐の様なセックスだけの関係ならば何かしら理由を付けられる気もしたが、
今夜のように穏やかな営みでも満足し、安心している自分がいる。
私は下腹部へと手を伸ばし、自身とレッドのそれを一緒に握りこんでみた。
既に自分もレッドも先走りで濡れて、手の中で熱く蠢くそれらは同じ雄の本能を感じさせる。
不思議なものだが、それでも今は抱かれる事への嫌悪は感じない。
俗的な言い方をすれば慣れたとでも言うのだろうが、むしろ受容したに近いかもしれない。
これがもし他の男であったなら、それこそ相手を殺してでも抵抗するだろう。
「おいヒィッツ……さすがにそろそろ手を離せ」
珍しく余裕の無い声に我に返ると、目の前に紅潮したレッドの顔があった。
気がつけば手の中で摺り合わせていたそれは硬く怒張しており、今にも破裂しそうだ。
「あっ…と、すまない」
「珍しく積極的なのは大歓迎だが、コレが入るのが自分の中だってのを忘れるなよ?」
そう言ったレッドは額に薄く汗を滲ませたまま、それでもニヤリと笑った。
同時に無作法な指が私の双丘を割り、秘部の奥へと挿し入れられる。
自分でも驚くほどそこはすんなりとレッドの指を飲み込んだ。
内壁を探るように動く指の感触は背徳感も相まって甘美な快感を連れてくる。けれど。
「レッド……」
私はレッドの背中に腕を回した。
そして項から後頭部にかけてのラインをゆっくり撫で上げると、
「指より、お前がいい」
そう囁き、自ら片脚を開いてみせる。
汗とは違う熱い体液が内腿を伝う感触がわかった。



一度交わった身体は突かれる毎に熱を帯び、あれほど緩やかだった前戯が嘘のようだ。
それでも普段よりは……私達らしくなく……奪い合う様な攻撃的なそれとは違い、
互いに抱えている隙間をお互いで埋める為の、与え合う様な行為だった。
「ヒィッツ……っ!」
私の脚を抱えたレッドの身体が揺れるたび、レッドの熱棒が体内で擦れる。
グズグズと柔らかく溶けた自分の中身をレッドの形に作り変えられているようだ。
それと同時に私の体内はレッド自身を包み飲み込み、自分が最も感じる場所へと誘導しているのもわかる。
一方的ではない、双方向の行為。
お互いがお互いを欲しているのを確かに感じる。
「レッ…ドっ……! ァ……!そこ…ッ……もっと……!」
自分の一番感じる場所を突かれ、貪欲な声が出た。
もっとも私のそこは既にレッド自身を締め上げていたので気づかれていたと思うのだが。
「クッ……! わかってるが……キツい、なッ……!」
眉根を顰め、レッドの呼吸が荒くなる。
しかしその分身は私の我侭に応えるように最奥を突き、内壁を擦り上げ、私の身体を埋めてくる。
「アッ!アッ!ダメだッ!もう……ッ!」
呼吸がしづらくなり、断片で言葉を紡ぐのが精一杯で、喉の奥が裏返りそうになる。
次の瞬間ヒュッ、と微かな呼吸音が自分の口から漏れ、
同時に自分の下半身が痙攣のようにガクガクと震えた。
「あ――――ゥんんッ!は……ァ……ッ!」
情けない妙な声が溢れたが、自身が達するのと同じく止められるはずがなかった。
「ふァっ……くッ……あァアッ!」
数秒遅れてレッドも普段とは違う堪え切れなかったような声を上げたが、
それよりも自分の中に吐き出された体液が熱すぎて、
私は朦朧とした意識の中、必死にレッドの身体にしがみついていた。



※ ※ ※ ※ ※



気が付けば朝がやって来ていた。布団からはみ出していた肩が冷えている事に気づく。
窓の方を向けば遮光カーテンの隙間から僅かに光が見えた。
だがそのぼんやりとした明るさは快晴という訳でなく、雲に閉ざされた昼の明るさといった感じだ。
曇りか、もしくは。
「……雨、だな」
いつの間に起きていたのか、隣で突然とレッドが呟いた。
「雨?」
「微かに音がする。昼には止むだろうが」
そう言ったレッドは小さく欠伸をすると、
「もう少し寝ようぜ。朝飯は昼と一緒でいいだろ」
そんな事を言いながら布団に潜り込む。そして、
「ほら、早く。いくら今年はあったけぇって言ってもさすがに風邪ひくぞ、お前」
伸びてきた腕が私を掴み、私は身体ごとすっぽりとレッドの腕の中に納まってしまった。
ピタリと密着した状態は何故かセックスより恥ずかしく、もどかしい。
どうしたものかと身体を捩らせていると、レッドは更に腕に力を籠め、
「らしくねぇのはわかってんだよ。でも……いいだろ、こんな日くらい」
言いながら背後から私の耳元に鼻先を突っ込んでくる。
体温が熱く感じるのは寝起きのせいだけではないだろう。
お互い、『らしくない』事は承知だ。
だが雪が無くても季節は冬であるように、何をしていても私達に変わりはない。
いや、むしろ自分で自分を誤魔化さなければ素直に相手に触れられないなんて、
ある意味これ以上になく私達らしいじゃないか。
――――この関係に、未だ明確な名前を見つけられていなくても。
「……そうだな。今日くらいは、」
赦されないまでも片目位は瞑ってもらえればと思う。
そんな都合のいい事を願いつつ、私は目を閉じて睡魔の波に飲まれた。










* * * * *

大遅刻でクリスマス話。
こうしたきっかけが無いと素直になれない二人が好きです。