| 夏のシーズン中だというのに、少し閑散とした雰囲気のプールであった。 いや、容赦ない暑さに達する日中は僅かでも涼を求める人々でさすがにごった返しているが、 家族連れが来なくなる夜の営業時間では自然と人は少なくなる。 更にこのプールの近くには最近新しい屋内型のレジャー施設が出来たらしく、 昔ながらの屋外型は少々流行遅れと思われているらしい。 「俺はこういう方が好きだけどな。人が少ないのも丁度いい」 そう言ってレッドはデッキチェアーに身体を預けたまま伸びをした。 「確かに。ただ、運営会社からすれば頭が痛い所だろうがな」 ヒィッツは相槌を打つとサイドテーブルに置いていたアイスティーに手を伸ばす。 あくまでプールであるという前提のせいか、ここは夜でもドリンクメニューにアルコールは無い。 もしかしたらその辺も客が少ない原因かも知れんなと、ヒィッツは密かに思う。 真夏の夜空は雲一つ無く、地上を煌々と照らすは、満月。 夜のプールは月光とネオンに照らされて七色に輝く。 ※ ※ ※ ※ ※ 久々の休暇は何故か二人とも同じ日程になっていた。 それまでお互い別々の任務で飛び回っていて、そもそも本部に居なかった事も知らない。 数週間ぶりに顔を合わせたのは、偶然にも報告書を提出に行った孔明の執務室だった。 「ああ、お二方揃って頂いて丁度良かった」 そう言った孔明は二人の報告書を受け取ると、そのまま強制的に休暇を言い渡した。 この休暇の後にはまた厄介な任務が待っている。 今考えれば、有無を言わさず都合の良い休暇を押し付けて黙らせてしまおうという算段だったようだ。 「とはいえ、急に休暇をもらってもな」 執務室を後にしたヒィッツが拍子抜けしたように呟く。 事前にわかっている休暇ならまだ外部の女性達と連絡の取れたのに、という意味だろう。 そんなヒィッツの隣をレッドは黙って歩いていたが、やがてポツリと、 「……プール行きてぇな」 「は?」 「プールだ。海じゃなくてプールに行きてぇ」 そう言ったレッドはヒィッツのスーツの襟をひっ掴んだ。 「ぐえっ!?」 「どうせお互い予定も無い休暇だ。付き合え」 襟とネクタイで締められたまま声が出ないのを良いことに、 レッドはそのままヒィッツを引きずるように急いで部屋へと向かったのだった。 ※ ※ ※ ※ ※ 「まあ結果として悪くはなかったか」 ヒィッツは飲み干したグラスをテーブルに置いて笑った。 先の通り、ここはナイトアワーを実施しているプールにしては空いている。 本格的な観光シーズンに入る前だったのも良かったのかもしれない。 だがそんなヒィッツの言葉に答えず、レッドは少しキョロキョロと辺りを見渡すと、 「お!アレか?」 そう呟くと急に立ち上がった。何の話かとヒィッツが目を丸くする。 「おいヒィッツ!アレやろうぜ、アレ!」 レッドが何かを指差してヒィッツを急かす。 その先には小さなジェットコースターのようなラインがシルエットになっていた。 「は?……ウォータースライダーか?」 「ここのは普通のよりコースが長いらしいぞ!」 そう言えばレッドが入り口付近の案内板を何故か熱心に見ていた事を思い出す。 何を見ていたのかなど気にはしていなかったが、 どうやら最初からプールにこだわっていたのはこの為らしい。 ヒィッツは肩を落としてため息をつくと、 「お前……仮にも十傑集が、いや、いい歳の大人が、」 「夜のウォータースライダーなんて経験無いだろ。行くぞ!」 レッドがヒィッツを何かに誘う時。それは同意を求めてなどいない。決定事項だ。 何度も経験した失敗を悔いる前に、ヒィッツはまたもやレッドに引きずられるように連行されたのだった。 ウォータースライダーはコースの長さに比例して少々高い。 その高さ故か、レッドとヒィッツが上った時には一組のカップルしかいなかった。 「思ったより高いな」 途中で諦めて半ばヤケになって上ってきたヒィッツは、ぐるりと周囲を見渡した。 自分達の後には誰も上って来ていない。 「まあ滑る距離を長くするならこんなもんだろうな」 後ろでレッドも同じく周囲を見渡して答える。 コースはこれと言って珍しい物ではない。ありきたりのカーブとスロープの連続だ。 ただ、これだけの長さであるのに筒のようになった屋根が付いている箇所は無く、 最初から最後まで景色が見える状態なのが売りのようだ。 もっとも今は夜であるから、見えるものは僅かなネオンと夜空。 派手なライトアップがある訳でもないのでおざなり感は否めない。 珍しい夜のウォータースライダーに客が少ないのはそのせいかもしれない。 少々眠そうな……疲れているような係員が先のカップルを誘導すると、そのまま二人を一瞥し、 「滑るのはお一人づつ順番にお願いします」 と、お定まりの注意を述べる。 そしてそのまま二人が上ってきた階段にロープをかけ、何事かインカムで指示を始めた。 どうやら二人が今日の最後の客になるらしい。下の階段にもロープを張らせているのだろう。 「私達が最後という事は……プールの営業もそろそろ終わる時間じゃないのか?」 「ああ、そうかもな。さっきアナウンスが流れてたぞ」 レッドに気を取られて気づかなかったが、どうやら場内アナウンスは流れていたらしい。 どうりで人が少ない筈である。 「じゃあさっさと滑ってしまおう。ここから更衣室は少々遠かっただろう?」 そう言ったヒィッツが係員に指示を仰ごうと振り向いた、その時。 「そうだな。じゃ」 ドン! 次の瞬間ヒィッツの目に映ったのは、あり得ないほどいい笑顔で自分を突き飛ばしたレッドと、 ぎょっとしたように目を見開いてこちらを振り返った係員の顔だった。 「レッド!貴様ァあああああ!」 思わず大声を上げたヒィッツであったが、それが果たしてレッドに届いたかどうか。 通常滑る方向と真逆を向いたままの身体は不安定な姿勢のまま坂を滑り落ちる。 長いコースを滑る為に勢いの強い水流がザブンとヒィッツを襲い、 叫んだ口や鼻に水がいやと言うほど飛び込んでくる。 ヒィッツは咽ながらなんとか体勢を整えようとするが、どうにも上手くいかない。 視界が水以外の液体で滲んで見えなくなったところで、急に腕を掴まれた。 「!!」 「お前、トロ過ぎ」 どうやったのかはわからないが、いつの間にか追いついたレッドが水しぶきの中笑っている。 そのまま掴まれた腕に力が篭ったかと思うと、ヒィッツは無理矢理方向転換させられた。 勢いでコースの壁に手足を打ちつけたらしく指先がジン、と痺れたが、それよりも。 「ヒィッツ!見えるか!?」 「――――ッ……!!」 真夏の夜空は雲一つ無く、地上を煌々と照らすは、満月。 夜のプールは月光とネオンに照らされて七色に輝く。 勢い良く走り抜ける水しぶきにも光が乱反射して、夜なのに眩しいくらいだ。 通常よりも長いコースとはいえ、実際にウォータースライダーを滑る時間は短い。 ヒィッツの視界が光の瞬きで埋まったのはほんの一瞬で、 次の間にはレッドと共にゴールであるプールに投げ出されていた。 「うわッ!?」 濃紺の水面に飛び込めば、二人分の体重を受けて舞い散る飛沫。 ――――そのまま影は沈み、一度重なってから浮かび上がる。 「ハハッ!結構楽しかったな、ヒィッツ!」 顔を上げたレッドは犬の様にブルリと顔を振って水を払うと、悪戯っぽく笑った。 ヒィッツは何故か顔を紅潮させ、濡れて落ちた前髪から水を滴らせて何か言おうとしたが、 上から連絡をもらっていたらしい係員が何やら叫んでいる事に気づいて口を閉ざした。 どうやら二人の“危険行動”を注意しているらしい。 いつもならそんな注意には機嫌を悪くするレッドだが今はよほど気分が良いらしく、 係員に向かって愛想笑いまで浮かべて軽く謝罪している。 「さーて、じゃあそろそろ上がろうぜ」 言いながらヒィッツの方を振り返ったレッドはツイ、とヒィッツの耳元へ口を寄せると、 『さっきの続きは後でな?』 「バッ……!」 絶句したヒィッツは慌てて口元を拭った。 月は中天を過ぎ、街のネオンも少しづつ消えていく。 一時の非日常が過ぎ去ろうとする刹那、 二人の目には鮮やかな残光が瞬いて消えていったのだった。 * * * * * オフ原稿後のリハビリにツイッターでお題(シチュ)を募集しまして、 『長いウォータースライダーのあるプールでレドヒツ』 を元に書かせて頂きました。 予想以上に長くなった割に内容は薄いんですが…(汗) でも夜のウォータースライダーとか、色々書いてて楽しかったです! |