+++ 赤、白



「今年のボジョレー・ヌーボーは出来が良いそうだ。」
そんな事を言いながらヒィッツはパチンと軽く指を鳴らす。
左手に掲げられていたワインの瓶の口が滑り落ち、毛足の長い絨毯の床に落ちた。
「毎年そんな事言ってねぇか?去年もお前のその能書きを聞いた気がするぜ?」
向かいのソファに面倒くさそうに背中を預けていたレッドは肘掛に右手を置いて頬杖をつく。
その表情はお世辞にも機嫌が良さそうではない。ちょうどヒィッツと正反対だ。
だがそんなレッドの言葉も表情も目に入っていないかのようにヒィッツはフンと鼻を鳴らし、
「まあとにかく、今年も良いワインが手に入るのはありがたい事だ。」
そう言って、テーブルに置かれたグラスに開封した赤ワインを注ぐ。
レッドはその豊穣の流れを目で追っていたが、
「お前、赤ワイン好きだよな。」
「うん?」
「俺はそっちがいい。そっちを寄こせ。」
そう言ってレッドはテーブルの端に置かれていた白ワインの瓶を指差した。
ヒィッツは片眉を上げると、
「赤ワインもいけるクチだろう?」
「飲めなくは無いが、今はその気分じゃ無ぇ。いいから寄こせ。」
レッドは左手だけヒィッツの方へ差し出した。
ヒィッツはやれやれと肩を竦め、
「まあどうせ開けてしまうつもりだったから構わんが…。」
口の中でレッドでも聞き取れない何事かを呟きつつ、
それでも律儀にヒィッツは白ワインの瓶を先刻と同じように開けてからレッドへ手渡した。
レッドは瓶の口を見てますます不機嫌そうに眉をひそめると、
「なんで切るんだよ?」
「まさかお前、一人で一本飲むつもりだったのか?」
「こんだけあるならいいだろ、一本や二本。」
そのまま背中を預けたソファから首を後ろに向け、ぐるりと部屋を一瞥してみせる。
確かに壁に設えられた棚には素人目に見ても高級なワインが並べられている。
だがヒィッツも同じように棚を目で追ったが、
「折角のヴィンテージワインだが、ほとんど飲めた物ではないな。管理が悪すぎる。それに、」
吐き出すように一気にまくし立てたヒィッツは、先刻注いだ赤ワインのグラスを手にすると、
「このボジョレー・ヌーボーは赤も白も一本づつしか無いんだ。」
「へぇ?」
「シャトーのシリアルが入ってる特注品だ。さすがに何本も手に入れるのは難しかったんだろう。」
そしてヒィッツはグラスを軽く揺らした。
グラスの中の赤が弧を描くように揺れ、部屋の灯りを小さく反射させる。
「いくら金を積んでもダメって事か?」
レッドは面倒臭そうに身体を起こし、仕方なくもう一つのグラスに白ワインを注いだ。
普通にコルク栓を抜いただけなら瓶から直に飲む所だが、
さすがにこの切り口では口を付けた途端に白ワインが赤ワインになるだろう。
「古き良き時代の遺産には金だけでは解決できない物がある。」
「古かろうが新しかろうが、俺達には関係なかったがな。」
レッドが珍しく自分からグラスを掲げてやると、ヒィッツは小さく笑い、
「まあそうか。」
自分のグラスをレッドのグラスに合わせてやった。
クリスタルグラスの音色は薄くても高貴なその質に相応しい音を奏でる。
ささやかな乾杯は限りなく清らかであったが、それは天の福音の姿を借りた悪魔の声だ。
「何はともあれ、無事に仕事が終わって何よりだ。」
「どうせ撤収まで時間があるんだ。休憩していた所でバチはあたんねぇだろ。」
そして二人はお互いのワインを一気に飲み干す。
「ふ……やはり今年のヌーボーは出来がいい。」
ヒィッツが満足そうに口角を上げて赤ワインの瓶を掲げると、
「確かにいい酒だ。この部屋の臭いすら打ち消す位には。」
二杯目の白ワインをグラスに注ぎながら、レッドはその日初めて愉快そうに笑った。

   毛足の長い豪奢な絨毯は未だ流れる血を吸って赤黒く染まっている。
   壁と棚には飛び散った血が前衛的な模様を描いていたが、
   二人はその部屋の惨状を気に留める事無く、
   孔明からの無線が入るまでの間、しばし最高級のボジョレー・ヌーボーを堪能したのだった。








+++ ロゼ



不可思議な眼だと、いつも思う。
単体で見てしまえばそれは恐らく欠陥品だ。ヒトとしての形からは掛け離れている。
初めてその眼を見た時は作り物かと思ったくらいだ。
「……おい。」
苛立ったヒィッツの声が聞こえる。
急に顔を押さえ込まれて目を見開かされているのだから、そりゃあ声くらい出るだろう。
「いい加減にしろ、レッド!」
ヒィッツの手は俺の手を掴んで何とか自分の顔から引き剥がそうとしているらしいが、
生憎と体術的な意味で俺がヒィッツに負ける筈も無い。
なので逆に膝でヒィッツの腹を押さえ込んで動きを封じてしまうと、
見開いたその目を舐めてやった。
「レッド!やめろ!」
舌先に残る味は決して美味いものではない。
けれど俺はそのまま何度も交互に両方の眼を舐める。
いつかこの舌の先がヒィッツの眼を抉ってしまうのではないか、
はたまたその前にこの眼が溶けて消えてしまうのではないか、そんな錯覚を起こしながら。
「〜〜〜〜〜ッ!」
だが当然現実にはそんな事はあり得ない。
ヒィッツは俺の手を引き剥がす事を諦め、その代わりに離した手に力を込めて俺を突き飛ばした。
ここで自分の能力を使わない所が甘いと思う。
「一体何がしたいんだお前は!」
ヒィッツの眼が俺を睨む。
その眼は薄っすらと赤く濁っていたが、やはりそこにヒトとしての有るべき器官は見えない。
いつかこの男は俺の前で溶けて流れて消えていくのかも知れない。
はたまた異形の正体を見せて何処かへ帰るのか。
我ながら馬鹿馬鹿しい考えを、それでもどうしてか完全に打ち消す事は出来ずに、
「お前のその眼、」
今は確実に俺しか映さないその薄赤の瞳に欲情して、
「欲しいなって思ってよ。」
自分の口の端が自然と歪み上がるのを感じている。












* * * * *

ボジョレー・ヌーボー解禁のニュースを見て思いついた話でした。
最初は一本にまとめたかったんですが、
どうにもうまく繋がらなくてこの形式に。

ちなみに私はお酒の味は良くわかりませんw(弱いので)