| 秋空と言うには似つかわしくない雲が広がっている。 これが曇天と言い切れるほどの灰色の空であればまだ気にもならないが、 残念な事に視界の6割は青空だ。 ただ、残りの4割は薄いグレーの雲が平べったく横たわっており、 そんな雲を追いながら、ヒィッツは去年購入した秋用のコートを思い出した。 秋物には珍しい薄いグレーのコートは生地の手触りが気に入って購入したのだが、 運悪く、買ってすぐに世界的な異常気象で季節は秋を通り越して冬になってしまい、 一度も袖を通さないままクローゼットの中に放り込んでいた覚えがある。 もうそろそろあのコートを出すべきか、とヒィッツは思ったが、 今日のような真逆の異常気象では別の意味で着る気にもならない。 その位、今日は気温が高かった。 「………おいヒィッツ、どうする?」 隣で刀の血糊を拭き取っていたレッドが突然訊ねる。 「何がだ?」 「何がじゃねぇよ。この後どうするのかって言ってんだ。」 少し苛立ったらしきレッドは足元の腕を蹴り飛ばした。 肘から綺麗に切り落とされていた腕は放物線を描いて瓦礫の向こうに飛んでいく。 持ち主らしき敵の姿は見えなかったが、はたして本体はどの辺りに埋もれているのやら。 「迎えのヘリが来るまでには時間があるな。」 「もう少し遊んでも良かったか。まさかこんなに早く片がついちまうとは思わなかった。」 そう言うとレッドはあからさまに不満を顔に浮かべ、 「ヘリを早目に寄越させる訳にはいかねぇのか?」 「一応連絡は入れてみたが、期待するほどの短縮にはならなさそうだ。」 ヒィッツだとて、もう何も残っていない場所に留まっていられるほど落ち着いてはいない。 だが連絡を入れた支部の返答は曖昧で、ヒィッツはもう少しで無線を真っ二つにする所だった。 二人に今回与えられた任務は、些か食傷気味の『全目標破壊』であったが、 あまりに手際良く…敵からすれば容赦無く…二人が動いたので、 当初予定していた撤収時刻よりもはるかに早く仕事が片付いてしまったのだ。 二人が立っている場所はほんの2、3時間前までは最新設備の整った軍事施設だったが、 今は燦々たる有様で、もはや何があった場所かもわからない。 埃と硝煙の臭い、そして鉄や肉の焦げる臭いが辺りに充満し、 未だ燻っている建物の残骸の合間合間に人の形や人だったものらしきパーツが散らばっていて、 地獄の釜の底でもひっくり返したのかと疑いたくなる。 この惨状を引き起こしたのがたった二人の人間なのだから性質が悪い。 レッドはあーあ、と背伸びをし、肩を鳴らした後に周りを見渡した。 「ところでここには何人敵がいたんだ?」 「さあな。敷地は広いが、設備に金をかけている分、兵士の姿は少なかったように思うが。」 「やっぱりそうか。だから余計に早く終わっちまったんだな。」 そう言うとレッドは急に靴の具合を確認し、地面を蹴った。 ヒィッツから数メートル前方に飛んだかと思えば、またヒョイと飛び上がる。 何を始めたのかとヒィッツは呆れてその様子を見ていたが、 よくよくレッドの足元を見ていると何かを必ず踏みつけている事に気がついた。 「………悪趣味め。」 踏みつけている物の正体に気づき、ヒィッツは溜息をつく。 レッドの足は黒焦げになった掌を踏んだかと思えば、 次の間には原型を留めていない頭を踏み潰す。 まるで飛び石で遊ぶ子供の様に、レッドは目に付いた敵の死体を踏みつけている。 瓦礫の合間の足を。 真っ二つになった上半身を。 右足の無くなった下半身を。 恐怖と痛みに歪んだままの顔を。 部位も状態も選ばず、とにかくレッドは目に付いた死体を踏みつける。 ヒィッツはそんなレッドの様子を黙って見つめていたが、 馬鹿馬鹿しいとは思っても止めようとは思わなかった。 むしろそんな一人遊びで黙っていてくれるのなら迎えが来るまで興じていて欲しい位だ。 そんな事をぼんやりと考えながら、ヒィッツは重心をかけていた脚の位置を変えた。 レッドが跳ねると、微かに立ち上る煙が揺らめく。 足を着けば、ジャリ、という小石を踏みしめたような音と共に砂埃が立つ。 空のグレーと相まって、その様はまるで湖面か波間を跳ねているかのようだ。 「……でも魚とは違うな。」 レッドの黒い影がだいぶ遠くまで離れたのを見届けながら、ヒィッツはふと呟く。 最初思いついたのは黒い大海原の波間に跳ね上がる魚の群れだったが、 その姿を重ねるにはレッドの姿はあまりにも軽い。 では次に似ているのは何かとヒィッツは指先を顎に当て考えてみるが、 羽根布団の上で戯れる子供…というのも何か違う。 そんな可愛らしい物ではないし、第一、子供はあんなにも軽やかな足運びはできまい。 ―――ふとヒィッツは、こんなくだらない事を真面目に考えてしまっていた自分に気づき、 誰に見せるでもなくばつが悪そうに口元を指先で掻いたが、 すぐにこれは単なる暇つぶしで仕方が無い事だと思い込む事にした。 そんなヒィッツに構う事無く、レッドの姿は惨状の上を跳ねる。 時折戻ってくるのかと思うほど近づいてきたと思えば、急に踵を返して離れていくが、 その時の表情はさして楽しんでいる様子でも無く、 例えるのならそれは緩衝材を手慰みに潰しているのと同じなのだろうと思う。 ふと気がつけば4割の灰色は6割の青を多い尽くし、 黒い大地と灰色の空の境界線で、赤い尾を引いた影が跳ねる。 「……兎か」 不思議とヒィッツの中では一番腑に落ちる例えだと思った。 見た目やイメージは可愛らしい兎は、野生では意外と逞しい。 表情も無く黙々と自身の荒らした大地を跳ねるその様は、ヒィッツの思い描く野兎のそれに似ている。 やがて赤い弧を引いた黒い兎は、今度こそヒィッツの元に戻ってきた。 「百までは数えた。飽きた。」 「もしかして死体の数を数えてたのか?」 呆れたようにヒィッツが問えば、レッドは答えず両手を前に伸ばし、 「どの程度の人数がいたのか気になった。」 指と指の間から焦土を見つめる。 「バラバラにした死体まで数えても仕方が無いだろう。」 「そう言えばそうか。それでは正確じゃないな。」 ヒィッツの揚げ足取りに食って掛からない所を見ると、本当に退屈だったのだろう。 そんなレッドの様子を見つめながら、ヒィッツは少し乾いた自分の唇を指の節でなぞると、 「………基地に戻ったら食事に行くか?」 突然と言われた言葉に、さすがにレッドは目を丸くすると、 「何だ突然?」 「無性に兎料理が食べたくなった。付き合え。」 「兎ぃ?」 ますます怪訝そうな顔をしたレッドに、ヒィッツは肩をすくめて口角を上げると、 「無理にとは言わん。だが、夕食に付き合うのならその後の酒も奢ってやる。」 「―――――酒だけか?」 レッドがどこかおどけた様子でヒィッツの顔を下から覗き込めば、 どこか心得た様子でヒィッツもレッドを見据え、 「………その先も。」 「乗った。」 一言答えたレッドは、そのままヒィッツの唇を舐める。 仮面の下に見え隠れする目の色は、空の灰色を混ぜた底光りの黒。 互いに鼻先を寄せて互いの唇を塞ぐと、 最後の一欠けらとなった青の向こうからヘリのプロペラ音が近づいてくる。 行き場を見失っていた秋と共に。 * * * * * はぴばーすでー自分! でも誕生日にまったく関係ない話だよ! 普段ヒィッツは自分に構って来るレッドに辟易してると思うんですが、 不意に何の脈絡もなくレッドが自分に無関心になると、 急にレッドの事が気になっちゃうのもありかなーと。 お互いに自分で制御できない切り替えのスイッチみたいな…。 歳相応の駆け引きの出来るレドヒツも大好物です。 |