ぬらぬらと嫌な光り方をするそれは、元々見事な銀色だったのだろう。
ヒィッツは珍妙ともいえる目の前の映像に目を見開いた。



「うわ。」
耳元に近い場所でレッドの声がする。
隣に立って小さく呟いただけのはずの声は、何故かヒィッツの耳にダイレクトに届く。
ヒィッツの肩が小さく硬直したが、レッドは気づかなかったようだ。
「何だこれ。」
先刻よりも離れた声が呆れた様に響く。
レッドにしては珍しいその声の理由は、ヒィッツが目を見開いた映像と同じだ。
今二人の前で…正確には閲覧者の前で…白い壁に映写されている映像も、『作品』だという。
ただ、実際には作品の記録をまとめた映像で、本物の『作品』はその場には無かった。
映像の中に映っているのは、魚の姿。
鈍い銀色の鱗を持った魚に派手な金細工の宝飾品が飾り付けられており、
時間経過と共にその姿は当然の事ながら腐り、肉を落とし、濁った黄色の体液に塗れていく。
よくよく見ると魚はビニールの中に在ったのだが、
実物はきっと臭いも相当なものだったろうとヒィッツは想像し、不快感に眉をひそめた。
「こういうのも作品ってんだから、芸術ってのはわかんねぇな。」
レッドが呆れたように呟く。だがその声音に違和感を感じ、おやとヒィッツが視線を流すと、
隣で映像を凝視しているレッドは明らかに不快感を露わにしていた。
おそらく幼い頃からの環境のせいか、レッドは生物の生き死にに対して淡白だ。
殺戮や破壊を嬉々として行う様は淡白を通り越して感覚の欠如すら疑ってしまう。
もっとも、それはヒィッツだとて他の第三者から見れば同じかもしれないが。
だが、ヒィッツにはヒィッツなりの拘り、言い換えれば美学とも言える物があり、
そんな彼の美学の中には腐敗という文字は無い。
つまり、ヒィッツにとって“死”は花の散り際の様に一瞬であり、
今こうして目の前の『作品』のように時間をかけて腐り崩れ汚れて無残な跡を残すものではない。
しかしレッドは今までそういった汚れた場面にも顔を顰める事は無かったし、
刀で一刀両断にした死体の断面の美しさを嬉々として話す事もあれば、
自分の盛った毒でじわじわと時間をかけて醜く死んでいった敵に関して得意気な事もあった。
なので、ヒィッツはレッドは自身が見聞きする“死”という物に、
好みはあれど嫌悪を感じる事は無いのだろうと思っていたのだ。
だからレッドが映像とはいえこの“死”に不快感を表していた事が、ヒィッツにはひどく珍しかった。
視線を感じたのか、レッドもチラリとヒィッツの方を見る。
「何だよ?」
「いや、珍しいなと。」
自分の心中で組み立てられていた言葉は表に出ず、ヒィッツが言った一言は要領を得ない。
だがレッドはその言葉の端とヒィッツの視線に何かを察したのか、フンと鼻を鳴らし、
「死体なぞ腐るのが当然だ。でもこれは違う。」

映像がループした。
二人の目の前にはビニールに入った銀色の魚と金色の装飾。

「不自然に作られた死体の腐敗など胸糞悪ィだけだ。」
普段自らを汚してまで赤の他人に引導を渡す男が胸を張る。
「俺はな、ヒィッツ。確かに無力な虫ケラ共をこの手にかけるのは好きだぜ?
 でもそれはそこに居るままで殺れば済む話だ。
 こんな魚みてぇにわざわざ飾り立てて殺して放置するなぞやりたくもねぇ。
 ましてや、こんな記録として晒すなど。」

先刻流れた場面が映る。
不自然な装飾。不自然な存在。不自然な、死。

「………それがお前の美学という奴か?」
「そこまで高尚じゃねぇだろ。」
お互い今度こそ顔を見合わせて口角を上げる。



二人の隣にやってきた一般客らしき女が小さく「やだ…」と呟いた。
その女にとって…否、おそらく今ここでこうして『作品』に眉をひそめた閲覧者で、
レッドやヒィッツと同じ理由で気分を害した人間はいないだろう。
隣の女は単に腐敗する塊に嫌悪を感じて呟いたに過ぎないが、
彼等にとって“死”は決して特別ではなく、常に身近に起こりえる事象で、
だからこそこの『作品』のように“死”を飾り立てるような真似には納得がいかない。
レッドとヒィッツはこの『作品』の不自然さに気分を害しただけであって、
その腐敗という自然現象に嫌悪を抱いた訳ではないのだ。
二人と一般人の感覚の差はここにもある。
この『作品』の作者の真意が本人でないと解らないように、
二人の“死”への認識は一般常識という枠の住人には恐らく一生解らない。
そしてそれはこうして口にしなければお互いでも理解できなかったであろう深淵の感覚だ。

カタン、と入り口近くで椅子を動かす音がした。
二人がさり気無く目をやると、学芸員が二人何事か引き継いでいる。
恐らく交代の時間なのだろう。ヒィッツはチラリと腕時計に目をやった。
「―――――ここのカメラは?」
「映写機の光で見えにくいが、天井の隅に一つだな。」
部屋の大きさはさほど広くはないため、一つで事足りるのだろう。
ただ、二人の任務を進めるには少々リスクがありそうだ。
「次に行くか。」
「ああもう面倒くせぇな。とっとと終わらせて飯でも食おうぜ。」
久々に刺身食いてぇなあ、などと呟いたレッドの声が届いたのか、
先刻の女がぎょっとして目を丸くしたあと、眉をひそめてレッドの背を追っていた。
ヒィッツはそれに気づいて苦笑する。
恐らくは“こんな映像を見た後に何を言っているのか”という所だろうが、
感覚の落差を埋めるつもりも歩み寄るつもりも無いのだからどうしようもない。
むしろ、それを“常識”とは誰が決めた感覚か。
「…まあ私もさすがに今日は魚料理は御免被りたいがね。」
そう言ってヒィッツは白磁の目を細め、数歩遅れてレッドの後を追った。












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連作其の二。
芸術鑑賞の時に抱く感想の温度差って、
その人となりや生活環境にも影響されてくるだろうし、
それを無理に修正してもいいのか判断に苦しむ事もあるので、
歩み寄りが難しい場合が多いですよね。