いつも通りの任務に、レッドは傷食気味な息をつく。
殺戮と破壊は娯楽と言っても過言ではないが、ここ最近の任務は休み無く続いており、
まさに今この一呼吸の休息が久々ではないかと思うほどだ。
血糊が乾く前に刀身を清めて鞘に戻すと、数メートル先で新たな火の手が上がった。
無意識にそちらへ目を向けると、瓦礫の隙間から奇妙な植物の様な影がある。
”それ”が敵の腕であると気づくのに時間はかからなかった。
「…フン。」
哀れみの様な温い感情は生憎と持ち合わせていない。
レッドはすぐに撤収しようと踵を返したが、
その視界の端に光った場違いな輝きにふと足を止めた。
今はもう動く事の無い煤けた人間の左腕。
天上を指すその指に、炎に照らされ鈍く光る物がある。
近づいて見ると、それは細いプラチナのリングだった。
「―――――。」
薬指のそれはこの遺体の主が既婚者である事を証明している。
まだ新しそうなリングは事切れた指にある事を差し引いてもどことなく手に馴染んでいた様子は無い。
新婚か、はたまたあまり指輪をつける習慣が無かったのか―――――
いずれにせよ、この主が伴侶と会い見える事はもう無いのである。
「…永遠の誓いってやつか?」
レッドは皮肉たっぷりに頬を歪ませると、懐に忍ばせていた短刀に手をかけた。
次の瞬間、プラチナのリングはどす黒い変色した血と埃のこびり付いた指ごと切り落とされ、
まるでオブジェの様にレッドの右手の中に納まった。



※ ※ ※ ※ ※



戦火に照らされるその姿はいつもと変わらない。
だがヒィッツがその眉間に小さく皺を寄せているのを、レッドは見逃さなかった。
「失敗でもしたのか?」
近づきながら声をかけると、ヒィッツは心外だと言いたげに更に皺を深くし、
「ここまで埃が酷い場所だとは知らなかった。」
そう言って忌々しそうに肩に舞い落ちる埃を叩く。
真新しいスーツは皺も少なく、レッドは先刻のリングを思い出した。
「土産だ。」
レッドが指付きのプラチナリングを放って寄こすと、ヒィッツは片手で受け取り、
自身の手のひらの上で一瞥した。
「安物だな。」
オプションの指には全く関心を持たず、ヒィッツは純粋に指輪の価値だけを述べた。
顔色一つ変えなかったヒィッツにレッドは薄く笑うと、
「二束三文?」
「まあそんな所だろう………珍しいな。お前がこんな物に興味を持つなんて。」
そう言って、煤けた指を摘まんでリングを掲げた。
「馬鹿馬鹿しいと思ったんだよ。」
レッドはヒィッツに近づくと、掲げられた指の先を摘まむ。
ヒィッツがそのまま指を離した所で、レッドは未だ僅かに光るそのリングを引き抜くと、
「こんな物で永遠だの愛だの誓う奴の気が知れねぇ。」
そのまま半ば無理矢理にヒィッツの手の中にそれを押し付けた。
「―――――まあ、イベントだろう?要は?」
ヒィッツは苦笑いすると、今度はその指輪を悪戯に自分の薬指にはめてみる。
多少持ち主の方が指が太かったのか、それはスルリとヒィッツの指に落ちた。
「約束を形にしてみたい事もあるだろう。」
指に収まったリングは汚れが落ちたのか先刻よりも輝いて見える。
その小さな瞬きに向かってレッドが不快そうな顔をした事に気づいた時には、
ヒィッツの左手首はレッドに掴まれていた。
「…おい?」
どうしたんだ、と言いかけたヒィッツの言葉を遮り、レッドが仮面の下から視線で射る。
「お前も興味あるのか?」
「何がだ?」
「この”イベント”に。」
手首を掴んでいる力が強くなった気がした。
ヒィッツはレッドの目を見、挑発的な眼で口角を上げると、
「………だとしたら?」
小さなつむじ風。
レッドの手にはついさっきこのリングを持ち主から切り離した短刀が光っている。
その切っ先はプラチナよりも冷たく、寸分の狂いも無くヒィッツの薬指を狙う。
「このまま指を貰う。」
「…物騒だな。」
「お前の武器はこの指が無くても問題無いだろう?」
今度はレッドが頬を歪めた。
「形にするだけが”イベント”じゃ無ぇ。」
「それは、」
「今ここでお前の指飛ばしたら、お前は一生涯俺を忘れないだろうな。」



切っ先が、薄い皮膚に食い込む。
見えないほど浅い傷口から、プラチナよりも鮮やかな赤が滲む。



ヒィッツは大きく息をついた。
それは溜息でも緊張から来るそれでもなかったが、
いつの間にか固まっていたその場の流れを氷解するのには十分だった。
2人の間を熱を帯びた風が流れ、忘れていた硝煙と爆ぜた臭いが鼻をつく。
「―――――満足か?」
何が、とは聞かない。
だがレッドは張り付いた笑顔のままあっさりと短刀を納めると、
「冗談だよ。」
そのまま何事も無かったかのようにヒィッツの手首を離した。
反動で垂れたその左手から、まるで解き放たれたようにリングが地に落ちる。
ヒィッツはその銀色を埃の付いた靴先で踏みつけると、
「お前の行動には脈絡が無い。」
そう、冗談だと言う言葉を信じた振りをした。





   左手の傷は指を飾り、まるで赤い環の様だ。
   その赤と同じ焔がレッドの眼の中で燻っている事にも、
   ヒィッツは未だ気づかぬ振りをする。













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久々に泥臭い2人を書きたくなって書きました。
心情というよりは空気を感じて頂けると幸いです。