その時感じた違和感に、ヒィッツはおや、と思った。
「………何ボケッとしてんだよ?」
隣で響いたレッドの声は相変わらずだ。
気のせいか、とヒィッツは何でもないと答えようとしたが、
「―――――付いてるぞ。」
血が。
主語を省略した呆れた声に、レッドはああ、と右手の甲で頬を拭い、
「取れたか?」
「一応。」
「ならいい。」
どうせ戻ったら着替えくらいはする、とレッドは撤収の為に先に歩き出してしまった。
相変わらず我が道を行く奴だ、とヒィッツは肩を竦めたが、
おかげでさっきの違和感の正体を掴み損ねてしまった。
………こんなすぐに感じなくなる事なら大した事ではないんだろう。
そう言い聞かせて、自分もレッドの後に続く。
ヘリは既に出立準備が出来ており、いやに磨き上げられていた羽が夕陽を浴びて光っていた。
周囲の惨状はそれよりももっと赤かったのだが。








その3日後、ヒィッツとレッドはまるでリプレイのように戦場に立っていた。
違うところと言えば、今日の撤収はヘリではなく飛行艇なくらいだ。
相変わらず2人が揃った時の戦場は赤と黒。
地面は血で真っ赤になっていたし、あちこちの建物や設備は黒く焼け落ちている。
「………何ボケッとしてんだよ?」
これまた判を押した様に3日前と同じ台詞を口にしたレッドは、
自分の左隣で周囲を見回していたヒィッツに苛立った様な声をかけた。
「いや、何でもない。」
今日はきちんと口に出来た返事にヒィッツは思わず笑いそうになったが、
ここで笑ったとてレッドには何がおかしいのか分かるまい。
ヒィッツはさっさと撤収しよう、とレッドを促すと、
今度は自分が一歩先に踏み出した。
だが。
「俺より先に行くなバカ。」
理不尽な台詞と同時にスーツの後ろ襟を掴まれた。
「何をするか!」
「俺より先に歩いたのが悪い。」
「また勝手な事を…。」
ヒィッツは溜息をついたが、レッドは気にせずヒィッツを追い越し先へ行ってしまう。

その斜め前の後姿。

違和感は、3日前と同じく降って湧いた。








その半日後。
本部へ戻って私室に帰った直後に、ヒィッツの部屋にはレッドが居た。
正確にはヒィッツの部屋のベッドの上だが、時間的にはベッドイコール部屋でももうおかしくない。
一般的におかしいと言えるとすれば、2人が素っ裸で毛布に包まってる、その程度だ。
「―――お前は馬か…!」
まだ少し呼吸が落ち着かないヒィッツは、うつ伏せたままで隣のレッドの頬を一発殴った。
もっとも、そんな体勢プラスあちこちの力が抜けている状態では”殴る”などという男らしい動きには程遠い。
レッドからすれば女がじゃれてきた程度にしか思えないヒィッツのその様子に、
視線だけ横に流してニヤリと笑ったレッドは、
「お前こそ。」
その言葉の裏には、ヒィッツ自身だとて結局レッドについて来たではないかという含みがある。
一瞬でその意味を理解したヒィッツは、見えた筈も無い自分の痴態が何故か脳裏に浮かんだ。
「―――――!」
ヒィッツは今度こそ毛布を頭まで被ってレッドに背を向けてしまったが、
レッドにしてみればそれこそ女々しい行動だ。
クックッと小さく含み笑いが聞こえ、同時に僅かに表に出ていたヒィッツの髪が指でグシャ、と乱された。
”女”扱いされた事にさすがに腹を立て、今度こそ本当に殴るか蹴るか真っ二つかと考えたヒィッツだが。
『………ん?』
まだ自身の髪を弄んでいるその指先に、3日前と半日前の違和感を感じた。



「―――なあレッド…。」
「何だよ?」
「お前は右利きだったか?」
「は?」
突然と振られた話題に、さすがにレッドの方も目を丸くする。
「何で急に。」
「いや…何となく気になってな。」
「…左も使えなくはねぇけどな。利き腕は右だな。」
律儀に答えてはみたものの、何となく質問の意図が読めないむず痒さ。
レッドはヒィッツに覆い被さるような格好で横を向いたままのその顔を覗き込もうとしたが、
何故だかヒィッツは更に毛布を被りなおしてしまって顔が見えない。
「おいコラ、何だってんだよ?」
「何でもないと言ってるだろう。何となくだ、何となく!」
「嘘つけ!そんな様子で何でもない筈あるかよ!」
真夜中に成人男性2人がベッドの上で毛布一枚の攻防戦。
傍から見れば滑稽を通り越している光景だろうが、本人達…いや、レッドは大真面目だ。
ヒィッツは自分の身体の下に毛布を折り込んでしまって毛布を取られないようにしていたが、
そんな間の抜けた格好とは裏腹に、その隠した顔は可笑しくてたまらない、といった笑顔だ。
笑い声を堪えるのが大変なほどに。
『仕事にはシビアな奴だが…まあ、無意識なのだろうな…。』



   普段の任務中、レッドはヒィッツの右に立つ。
   自身の利き手がすぐに得物に伸ばせるように。

   普段の生活の時、レッドはヒィッツの左に居る。
   自身の利き手がすぐにヒィッツに伸びるように。








「おいコラ、ヒィッツ!何考えてんだよ?」

その右手は、髪に触れ、肩を掴み、引き寄せる為。

「………言ったら殴るだろうし、どうせ理解できまい?」
やっと落ち着いてきた声で努めて”普段通り”に皮肉れば、
「コノヤロ!」
”普段通り”に苛立った声と同時に、その右手が拳となってヒィッツの頭に落ちた。










* * * * *

バカップル強化中。



…嘘です。(撤回早ッ!)
でもダラダラというか、甘々というか、
普段の生活で当たり前になっちゃってた事に不意に気づく瞬間、みたいな?
そんな時は精神面でヒィッツが有利だといいです(笑)。