初冬の街は少し遅い夜明けを迎えていた。
薄いモスグリーンのカーテンの隙間から覗いた朝日に、レッドが眩しそうに目を細める。
夜には気づかなかったが、ほんの少しだけ開いていたカーテンは光の帯を作り、
運が良いのか悪いのか…丁度寝ていたレッドの目に当っていた。
「―――――…眩…。」
語尾のはっきりしない声で思わず呟いたが、直後見慣れない部屋の風景に覚醒する。
起き上がったところで左手が何かに当たり、
横で眠っていたヒィッツの姿に、レッドはやっと昨晩の事を思い出した。





※ ※ ※ ※ ※





任務明け、休暇に入っていたヒィッツの”隠れ家”にレッドが押しかけたのは昨日の夕方。
以前一回だけ泊まったその部屋は相変わらず本部の私室とは違う空気のままだった。
「何でわざわざ休暇の時までお前の顔を見なければならないんだ?」
そう言ってヒィッツは心底呆れた顔をしたが、予想していたほど迷惑そうな様子は無かった。
どちらかといえば普段私室に転がり込むほうがよっぽど抵抗されている気がする。
証拠に、ヒィッツはそれ以上の悪態も文句もなくレッドを部屋に招き入れたのだった。



部屋の基調は以前と変わらず、いわばアースカラーとか言うものに近い。
普段の派手な印象のヒィッツからはどこか遠い気もするが、
スーツもネクタイも無く、サンドベージュの綿シャツにジーパンのラフな姿は妙に落ち着いている。
以前と同じくきちんと落としたコーヒーを淹れたヒィッツはレッドにカップを差し出すと、
「…で、何かあったのか?」
「何が。」
「何も無くてお前がこんな場所まで来るとは思えん。」
そう言ってヒィッツは一口、自身のカップに口をつけた。
「…別に。気が向いたからだよ。」
「そうか。」
「ああ。」
会話はそこで止まり、互いに向き合ってただコーヒーを飲んだ。
ヒィッツは人への会話の仕方を知っている。
普段の何もない時の会話でレッドがヒィッツに詮索された事は今まで一度も無い。
逆に、どこかで聞いて欲しいと思う時は必ず何かきっかけを寄こされていた。
―――――確かに、何故ヒィッツに会いに来てしまったのかはレッドにもよく解らない。
だが、ここ何ヶ月か重なった任務につぐ任務は妙に空々しく…
普段通りに破壊しても殺しても、終わった後にはどこかに穴の開いたような気分になっていた。
そしてそんな時、何故かヒィッツの顔を見たくなったのは事実だ。
任務が明け”解放された”と感じた時には、足はもうそちらに向いていた。



簡単な夕食と、2杯のお茶と、2本分の酒。
その後にレッドが求めた時、ヒィッツはやはり大した抵抗はしなかった。
1人の為のこの部屋のベッドは何故かクイーンサイズで、
初めて泊まった時はやはり女絡みかとからかった覚えがあるが、
「それは違う。」とヒィッツはあっさりと否定して、眠るのにベッドが大きいに越した事は無いと言った。
柔らか過ぎない、アイボリーのマットにシーツ。
同じ”抱く”という行為も何故か性急にならない。なれない。
勢いで何度となく抱く代わりに、何かを確認するように時間をかけて、
互いがやっと果てた後、訪れたのは心地良い疲労と睡魔だけだった。





※ ※ ※ ※ ※





シーツと同系色の毛布は隙間の光を受けて少し白みを帯びて見える。
なるほど確かに大きいベッドの余裕は深い眠りを誘うものだな、と、レッドは妙な所で感心した。
ヒィッツはレッドに背を向けるような格好で寝ているので顔は見えないが、
小さく耳に届く寝息は規則正しく、まるでテンポの遅れた秒針のようだ。
ふと顔を見てやろうかと思ったが、起こしそうだなと思って止めて―――そんな事を考えた自分に驚く。
普段なら自分の方を向いていなければ気が済まない位であるのに、
今日は背を向けられていても苛立つ事は無い。
部屋はカーテンの色に薄く、どこか懐かしい色に染まっている。
見飽きた血の赤や焼け焦げた黒と正反対の、何の変哲も無い淡い緑。
戦場では自分と一緒に嬉々として破壊と殺戮を繰り返すヒィッツの部屋にしては大人しい。
だが、この平凡さは嫌いではないかもな、とレッドは思った。

小さく隣で動く気配がし、見下ろしていると背を向けていたヒィッツが寝返りを打った。
こちらの起きている気配に気づいたのか、薄く目を開いては閉じ、また開き…と、
明らかに寝ぼけている様な仕草を繰り返す。
相変わらず緊張感のない奴だ、とレッドは思ったが、
やはりいつもならその態度に苛立つ部分が今日に限って何の感慨も無い。
むしろ無理に起きなくてもいいだろうに…などとまで思ってしまう。
「レッド……?起きたのか?」
「ん…。」
左手で軽く目を擦るヒィッツの様子は幼い。
日常の生活パターンが酷く芝居がかっている分だけ、その様子は新鮮だ。
「…何時だ?」
「知らん。夜は明けてる。」
「寝過ぎたか…。」
ヒィッツは手をついて起き上がろうとしたが、レッドはその肩を押し止めると、
「寝てろ。どうせ休暇だ。」
「何だ?何を急にそんな…。」
「うるさい。いいから寝ろ。俺も寝る。」
そう言ってレッドはヒィッツに覆い被さるような格好でヒィッツをベッドに引き戻すと、
整えられていないその髪と首筋の間に鼻先を突っ込んだ。
「………おかしな奴だな。普段なら起きればすぐに腹が減っただの飯だのと…。」
ヒィッツが苦笑したように感じたのは、レッドの腕の下で小さく上下した胸の動きで解る。
「腹は減ってるが、今はそのメシの時間が惜しい。」
正直な気持ちだった。
レッドはそのままヒィッツの耳の下辺りに軽く吸い付くと、
「心配するな。もう一度寝て起きたらちゃんと食ってやる。」
「誰が心配なぞ…。」
「メシも、お前もな。」
そう言ったレッドの唇がヒィッツの唇を塞ぐと、何やら口の中で呟かれた気もしたが、
ほんの少しだけ舌先を噛んだ事でその言葉はどこかに消えた。





初冬とはいえ陽射しは時間が経つにつれ暖かさを増していく。
ヒィッツの体温と部屋の温度に、レッドはゆっくりと目を閉じる。
「本当に、お前は…。」
同じく睡魔の波に攫われそうになっているであろうヒィッツの声が小さく聞こえたが、
「お前もだろ…。」
目を閉じたまま答える。



そうでなければこの部屋の意味は無いのだと、レッドは一人納得しながら。










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お互いの”隠れ家”設定は個人的に好きなのでつい考えてしまうのですが、
それにしても夢見すぎかなぁ…。

殺戮スキーな2人にも気が抜ける時は必要。
で、その時に理解できるのは同じ”持ち主”のお互いであるといい。そんな妄想。
以前から何度か書いてるテーマですが書いていて自分も落ち着くのです。
似たような話ばっかりになってすみません。