秋の青空は澄み切っていて高い。
同じ空である筈なのに、夏よりも高く見えるのが不思議だ。

「なー、そう思わねぇ?」
「気楽な事を…。」

レッドは明らかに非難めいたヒィッツの声にフフン、と鼻で笑い、

「たまにはイイじゃねーか。ちょっと遅いけどな?」
「うるさい!いい加減降りろ!重いッ!」
「やなこった。」





2人が乗った自転車は土手の上を走っていく。





※ ※ ※ ※ ※





「そもそも、何故自転車なんだ!」
「車もバイクも無いから?」
「私達なら走った方が数段早いじゃないか!」
「文句言うなよ。お前が地図だけじゃ不安だって言うから、俺がナビしてんだろ?」
「ここまでナビなんか………!チッ!そもそもこんな場所に何故…ッ!」

2人は決して遊んでいる訳ではない。
今向かっているのは次の目的地―――敵の管轄内で、
カムフラージュのためか、その中心地は地図上では普通の住宅地の真ん中なのだ。

「そりゃ、俺だって不本意だぜ?
 町ごとドカンと一発ぶち壊した方が早いもんなぁ。」
「それが出来ないのがこれほど残念な事は無いな…!
 裏の密約が無ければ盛大に動けるもの、を…っ…。」

ちなみに先程からヒィッツの語尾が途切れ途切れなのは自転車のせいである。

「それにしても…さっきからなんかフラフラしてるぞ。もっとちゃんと漕げよ!」
「う、うるさいッ!だったらお前が漕げ!」
「やなこった。」

レッドはわざとらしくベェ、と舌を出すと器用に後ろ向きに座りなおして背中を預ける。

「やめろ馬鹿が!重いッ!」
「あー、空が高ェ〜。」

ヒィッツの背中の体温を感じながら、レッドは流れていく風景と空を仰いだ。
秋の空は本当に高い。
普段なら気づかないこんな些細な事を不意に思い出す。
この後に待っているのは敵の施設の破壊であるのに、
普段の任務の前のような高揚感は全く無い。むしろ、”無”に近い。

「………なあ、ヒィッツ。」
「何だ。」
「………んー………。」

何かを言いたかった気がする。だが、それはすぐに消えてしまった。

「忘れた。」
「…物事はまとめてから口を開け。全く…ッ…。」

途切れて流れて来るヒィッツの声が新鮮で、レッドは口の端を上げた。
普段だって聞く声であるのに、今日は何故かその中に邪な感情が湧かない。
これから敵地に踏み込む時間が惜しい位だ。
レッドはツイ、と内ポケットにしまい込んでいた地図を取り出す。
敵地の周辺の地図だが、どうせ一見は普通の住宅地図だ。目新しくも無い。
自転車の振動とそれに伴うバランスを取るのに少しだけ集中すると、
レッドはその地図を器用に折ってしまった。

「うりゃっ!」

掛け声一つ、折られた地図は紙飛行機となって川縁へと飛んで行く。

「おー!結構飛んだな〜!」
「?レッド?何やって…。」
「あ、悪ィヒィッツ。地図無くした。」

キキィ!と耳障りなブレーキの音をさせて、自転車は急停止。

「うお!危ねぇッ!」
「ナビの役目はどうしたんだ馬鹿!」
「ナビっつっても大した事じゃないしなぁ…。」

紙飛行機は思った以上の滞空速度で、緩やかな川へと向かって飛んでいく最中だ。

「…ヒィッツ、運転交代。」
「は?」
「いいから後ろ乗れって!」

急な話にぽかんとしているヒィッツの腕をとって自分と交代させると、
レッドは勢い良く地面を蹴り、紙飛行機を追って土手を走り降りる。

「うわああああッ?!」
「おー!結構ケツに響くな!これ!」

ダイレクトに路面の状態を身体で感じながら、レッドの声は上機嫌だ。

「レッド!おいッ!」
「あんま口開くな!舌噛むぞ!」
「そもそもお前が痛ッ!!」

予想通りのハプニングが起きたらしい気配を背中で感じ、レッドは今度こそ大声で笑う。

「バカだー!お約束な奴〜!!」
「〜〜〜〜〜!!う、うるさいッ!そもそもお前が…!」
「いいから黙ってろっての。また噛む気か?」

砂埃を上げ、自転車は岸に降り立つ。
レッドはその勢いのまま紙飛行機を追って自転車を漕ぐ。
その白い姿は、もう絶対に手が届きそうもなかったが。

「なあヒィッツ!」
「何だ!」
「空、高ェよな!!」

唐突な台詞だ。
だが、レッドの声があまりに愉快そうだったので、ヒィッツは思わず空を見上げてしまった。
自分達の上には吸い込まれそうな高い青空。
頬を掠めていく風が熱くなっていた身体に心地良い。

「………高いな。」
「だよなぁ。」

もう自転車は紙飛行機を見失ってしまった。
それでもレッドは機嫌良くペダルを踏む。
いい歳をした、しかもスーツの男2人の自転車姿は傍から見れば異様だったろうが、
運が良いのか何なのか、土手にも川縁にも人の姿は見当たらない。
それに気を良くして、レッドは更に自転車の速度を上げる。

「何か、バカバカしいよな。」
「何が?」
「全部!」

それでもレッドの声は笑っていて、
今は見えないその背中の向こうの顔も同様なのだろうと悟ると、
ヒィッツはその日初めて頬を緩めた。





青い空は抜けるように高く。
吹く風は清涼さが目に見えるような気さえしてくる。





「地図取りに一度戻ろうぜ。」
「―――――時間のロスだな。」
「そん時はもう走る!」

だから、このまま。
無言の我儘にヒィッツは肩を竦めると、

「初めからそうしていたら………。」

秋の空の青さなぞ、気づかなかったかも知れない。
そんな言葉を飲み込んで、ヒィッツはもう一度仰ぎ見る。
予定の遅延は後で孔明に突付かれるだろうが、
もうそんな事はどうでもいい気がした。





   「お、トンボ。」
   レッドの声がヒィッツの耳に届く。
   同時に、赤トンボが紙を切るようにヒィッツの視界を横切ると、
   2人を乗せた自転車がガタン、と大きく跳ねた。










* * * * *

何の意味も無いSSですみません。
本当はもう少し長かったんですが、無駄なエピソードだったので省略。

そもそもこの2人で自転車二人乗りってどうよ、とか、
来るべき近未来にアナログな自転車なんかあるのか、とか、
そもそも住宅地って何よ、とか、
ツッコミどころは満載なのですが、
”単に書きたかった光景”なだけなのでご容赦を。