街の灯りや喧噪は相変わらず程良く他人に無関心だったが、その華やかさに逆に神経を逆なでされるらしく、マスク・ザ・レッドはイライラとした様子で爪を噛んだ。彼は結局の所自身の生きてきた世界は世間一般の人々が住まう安穏とした場所とは違うと理解していたし、またそんな世界に嫌悪を感じる事はあるにしても、憧れを持つ事はただの一度もなかった。自身の全ては謀略と裏切りと背徳と血に塗れた闇の一部であったから、今やトレードマークとなった黒のスーツも赤い仮面もマフラーも、その生き様全てを集約した物なのだろうとさえ思っている。隣で正反対な姿を見せるヒィッツカラルドに気分を悪くするのは大抵こういう時だった。
さて、そのヒィッツカラルドはといえば、街の華
やかな灯りも他人事の喧噪も気にする事はなく、むしろ自分のスタンスにこれ程似合う光景は無いと思っている。だが、あくまでそれは夜の顔の話であり、昼の妙な湿り気を帯びた街はどうかと言えば好きこのんで歩く場所では無く、むしろそんな世界を疲れた顔で足を引きずって生活をしている一般人は哀れで滑稽に見えていた。自身のスタイルは深い深海の様な夜の闇の中で煌めくからこそ美しく、二つ名の通りに素晴らしいと思う。隣でその闇だけを纏ったマスク・ザ・レッドの姿が気に障るのは大体こういう時だった。



「気分が悪い。」
呟いた声は酷く不機嫌で、ヒィッツカラルドはふん?と鼻を鳴らしたが、
「人酔いか?」
と問えば、
「近いかもな。」
と返ってくる。
「愚鈍な奴等を見ているとイライラする。」
そう言ってマスク・ザ・レッドが爪をまた噛んだのを見て、
ヒィッツカラルドは薄く苦笑し、
「気持ちは解るが。」
一言だけ返して、その話題を打ち切ろうとした。
だがマスク・ザ・レッドにはそのつもりは無かったらしく、
「素晴らしき。」
そびえ立つ摩天楼の一角を指さして、
「今からあれを壊そう、と言ったら?」
「楽しそうではあるが、」
そうして一旦口を閉じ、間を空けてから、
「目立つ事はしたくない。」
「嘘つきめ。」
そう交わした2人はその日、初めて顔を見合わせて笑った。



それでも自分の殺戮に只の一度も嫌悪を見せず、むしろ一緒になって実に愉しげに指を鳴らして破壊に興じるヒィッツカラルドは、マスク・ザ・レッドにとって実にやりやすい人種であった。異形の白い瞳はまっさらであったのに、その視線の先に映る世界は底が見えない程に黒い。あの闇の中であったなら自身の姿は見つかるまい、と、密かに考えて頬を歪める。そんな時だけは、ヒィッツカラルドという男に好意が持てた。そしてヒィッツカラルドの方はと言えば、戦いの中で目覚める自身の狂気に気づきこそすれ、全くの無関心で同じ狂気の淵に立つマスク・ザ・レッドという男は気を張らずに済む相手だった。赤い仮面にほとんど隠れた視線の先に、自分と同じ地獄を見ていると思うと妙な連帯感が沸く。こんな時だけは、マスク・ザ・レッドという男に好感が持てた。




「お前がもしも死んだなら、」
切り出したヒィッツカラルドの例えに、
マスク・ザ・レッドははん?と返す。
「私は祝杯をあげるだろうな。」
そう言って笑ってみせれば、
「そっくり同じ言葉を返してやろう。」
返したマスク・ザ・レッドの機嫌は回復していた。
「…そうだな、私が持っているワインの中で、
 一番の高級品を開けてやろう。」
ヒィッツカラルドの言葉にマスク・ザ・レッドはハッハッ!とわざとらしく声をを立てて笑い、
「選ぶのは二番目にしておけ。」
「何故。」
「一番の物はお前が死んだ時用だ。」
今度はヒィッツカラルドがクククッ、と含み笑いをし、
「お前にしては気が利くじゃないか。」
そうして、互いを煽る様に笑う。



これだけ混沌とした世界で自分と同じ色を持つ人間に出会えた事は運が良かったのではないか。互いにそう思っている事を2人は知らない。言葉にせずとも同じ気配を感じている。同じ匂いを持っている。そして、同じ目を持っている。一生涯でこれだけの偶然と生き様が重なる者と同じ場所に立つ奇蹟。彼等は互いの過去は知らない。否、知るつもりもない。知ったところで意味は無い。マスク・ザ・レッドという人間とヒィッツカラルドという人間が今、互いの目の前に存在する事だけが彼等にとって重要なのであり、唯一だ。それ以上は望むまでも無い。




「…さて。」
「そろそろか。」
時計を見たヒィッツカラルドは一度先刻とは別の摩天楼を見上げ、チラリと流し見たマスク・ザ・レッドは多少面倒くさそうに欠伸を噛み殺した。
「改めて構えると面倒な事この上ない。」
そう呟いたマスク・ザ・レッドにヒィッツカラルドは片眉を上げて口角を上げ、
「ビジネスというものはそういうものだ。」
「くだらん。」
「ならば趣味だと思え。」
策士が聞いたら罵声の一つでも飛んできそうなヒィッツカラルドの言葉に、マスク・ザ・レッドはペロリと口の端を舐め上げて笑い、
「それなら大歓迎だ。」
そのままもう一度顔を見合わせ、声を立てず微笑んだ。
「これが終わったら酒でも飲むか。」
「ならば3番目のワインを準備しよう。」
そして2人、目標に向かって歩き出す。
輝ける愚者の塔は、あと数時間の命だ。









数多の夜が2人を超えていく。
鈍く白々と光り輝く夜明けはまだ、遠い。








* * * * *

時間軸はお互いが十傑集として組む事が増えた頃、みたいな。

気が合っていそうで合っていなかったり、
互いに嫌っていそうで実は気に入っていたり、
レッドとヒィッツは妙なところで重なる部分が多すぎて逆に反発するイメージが。
磁石のNとN、SとSとか。
多分ヒィッツはそのまま同極のつもりだったんだろうけど、
レッドの方が対極に変わって引かれていくんだよ!(※夢見てます)

とうとうレドヒツカテゴリだけで100話目です。
お付き合い頂いている方々、本当にありがとうございます!