| 悪の秘密結社であるBF団の本部ともなれば、 大勢の団員達が日々秘密裏の任務に奔走しているのは珍しくない。 それは人種や性別、年齢も然りで、実力さえあればその限りでないというのは、 参謀でもあり最高司令官でもある孔明の口癖でもある。 だが…そんな様々な人間が出入りする本部でも”少女”の存在は特殊であった。 「…それでね、セルバンテスおじさまがさくらんぼをもってきてくれてね、 サニーとおじさまとせるばんてすおじさまと3にんでたべたの!」 「ほぅ?美味しかったかい?」 「うん!」 十傑集が休憩に使うサロンで、ヒィッツと楽しそうに話している少女の名はサニー。 ”衝撃のアルベルト”を父に持ち、”混世魔王・樊瑞”を後見人とし、 ”眩惑のセルバンテス”のお気に入りでもあるこの小さな少女は、 幼いながらも他者には無い唯一無二の能力を持つ。 だがそれはまだ未知の段階であり、サニー自身もその能力を完全に使いこなしている訳ではない。 むしろまだ幼すぎる少女にとっては能力そのものが『特別』ではなかったし、 アルベルトを含め、サニーの周囲の人間は逆にその能力を使わせないよう細心の注意を払っていた。 そういった理由を抜きにしても、こんな小さな少女が本部に出入りできたのは、 この年齢の子供がBF団にはいない事、 そして後見人である樊瑞を筆頭に幹部クラスである十傑集のほとんどの面々が、 何故かこのサニーには甘いからであった。 もっとも、だからと言ってそれを贔屓だ差別だと問題にする団員もいない。 殺伐とした本部の中で小動物のようなサニーの存在はいわば癒しであり、 聞き分けの良い利発なサニーを可愛がりこそすれ、嫌う理由は団員達に無かったからである。 なのでサニーがこうしてたまに本部に顔を出し、多少手の空いた十傑集達とお茶を飲んだりしていても、 それはもうBF団の中では言わば日常のありふれた光景なのであった。 ※ ※ ※ ※ ※ 「サニーね、さくらんぼがいちばんすき!」 「おやおや、この間はイチゴじゃなかったかな?」 「いまはさくらんぼなの!」 ここ最近のサニーのお相手はもっぱら”素晴らしきヒィッツカラルド”である。 ちょうどヒィッツが携わる作戦が無くデスクワークの時期であるのも理由だが、 以前とある一件に関わってからというもの、サニーはヒィッツがお気に入りのようだ。 また普段の私生活では決して道徳的によろしくない異性交遊を重ねているヒィッツも、 先述の通り何故だかサニーには甘い。 なのでこんなサロンの光景も、今は取り立てて不自然な話ではないのであった。 「さくらんぼか…。」 ヒィッツは口に運ぼうとしたカップの手を止め、 「そう言えば暮れなずむの管理している庭にさくらんぼが生ったとか聞いたな。」 「さくらんぼ?幽鬼さまのおにわに?」 サニーは両手で持とうとしたジュースのコップをテーブルに置きなおすと、 「さくらんぼっておにわでとれるの?」 「ん?ああ、お嬢ちゃんは木に生っているさくらんぼは見た事が無いのかい?」 「うん。」 そう言ってサニーは難しそうに顔をしかめてしまった。 普段自分が食べているあの小さな実が、どう木に生るのかが想像できないらしい。 ヒィッツは小さく苦笑すると、 「ふむ…そうだな、後で暮れなずむに詳しく話を聞いておこう。」 「俺がどうかしたか?」 ヒィッツの声に答えるように、サロンの入り口からもう一人の声が響く。 2人が振り向くと、件の幽鬼がティーセットを手に入ってくる所だった。 「ちょうど良かった幽鬼。この間庭にさくらんぼが生ったとか話していたろう。」 「ん?ああ、試しに植えた木にな。」 幽鬼は2人のテーブルにティーセットを置き、椅子に腰掛けると、 「まあ生ったと言ってもまだ青いがな。食すにはもう少し日がかかる。」 「幽鬼さまのおにわでさくらんぼがたべられるの?」 サニーは父譲りの赤い目をキラキラと輝かせて幽鬼の顔を覗き込んでいる。 そんな様子にさすがの幽鬼も思わず笑みを浮かべると、 「甘いかはわからんがね。…まあ、ちょっと摘まむ程度には。」 「幽鬼、今度その木をお嬢ちゃんに見せてやってくれないか?」 ヒィッツは今度こそカップの紅茶を一口飲むと、幽鬼とサニーの顔を見比べた。 同じくカップに口をつけた幽鬼は軽く頷くと、 「ああいいぞ。おそらく後4、5日位で赤くなるだろう。」 「だ、そうだ、お嬢ちゃん。…5日経ったら暮れなずむの庭へ行ってみるといい。」 そう言ってヒィッツはサニーに微笑んだ。 だがサニーはその大きな目を幽鬼に向け、そしてすぐにヒィッツへ向けると、 「ヒィッツさまは?」 「ん?」 「ヒィッツさまはさくらんぼきらい?」 思わず幽鬼が吹き出した。ヒィッツはサニーの言わんとする意味を量りかねたが、 「嫌いではないが…。」 「じゃあヒィッツさまもいっしょにさくらんぼ!」 そう言ってサニーはニコニコと嬉しそうに笑う。 どうやら一緒にさくらんぼを摘みに行って欲しい、という事のようだ。 ヒィッツは目を丸くしたが、そのまま苦笑してサニーの柔らかな髪を撫でると、 「お嬢ちゃんのお誘いでは断れないな。」 そのまま幽鬼に軽く目配せする。幽鬼は当然の様に笑って小さく頷いた。 「じゃあお嬢ちゃん、5日後に。」 「うん!やくそくね、ヒィッツさま!幽鬼さま!」 眩しいほどの笑顔を2人に向け、サニーは小さな指で”ゆびきり”したのだった。 ※ ※ ※ ※ ※ ―――――さて、その5日後の朝のこと。 ピピッ、ピピッ、ピピッ。 「…38.3か…。」 久々に戻った私邸のベッドの上で、ヒィッツは片手で目を覆った。 昨晩から感じた悪寒に嫌な予感がし、早々に休んだ時には既に遅かったようだ。 季節の変わり目のせいか、珍しく体調を崩したヒィッツは見事に風邪を引いた。 体温計は憎らしいほどしっかりとした数値を表している。 「またよりによって今日とはね…空気くらい読んで欲しいものだが。」 そうは言っても体調管理は自己責任。風邪と発熱はヒィッツの問題である。 仕方なくヒィッツは内線で私邸付きの部下にコールをかけた。 「………そう、混世魔王の屋敷に使いを…。あと暮れなずむの方にはメールで…。」 手短に今日の約束の断りを入れる指示を出すと、軽食と薬を持ってこさせるよう付け加え、 ヒィッツはそのまま枕に埋もれるように再び横になった。 「お嬢ちゃんには悪い事をしたな…。」 普段あまり経験できない事の予定が無くなってしまうのは子供にはさぞかし残念に違いない。 ヒィッツは小さくため息をついたが、今はどうする事も出来ない。 初夏の青空は眩しいほどに晴れ渡っている。 自分のタイミングの悪さにヒィッツはもう一度ため息をつくと、 庭に面した窓からカーテン越しに差し込む意地悪な陽の光に背を向けたのだった。 ※ ※ ※ ※ ※ 「ム…そうか、発熱まであっては―――。」 樊瑞は屋敷に遣されたヒィッツからの伝言を確認し、眉をしかめた。 「おはようございます、おじさま!」 明るい声に振り向くと、サニーが朝の挨拶にやって来たところだった。 今日はヒィッツとの約束もあったので、普段より少し早めに起きたようだ。 樊瑞は朝の挨拶を返すと、その傍らに膝をついて目線をサニーに合わせた。 どうしたのかときょとんとしているサニーの髪を樊瑞は撫で付け、 「今、素晴らしきの私邸から使いが来てな…風邪を引いたので今日は出かけられないのだそうだ。」 「おかぜ?」 「うむ。朝から熱が出てしまって、家から出られないのだ。」 一瞬にして寂しそうな…残念な顔になったサニーに、樊瑞はあやすように笑いかけ、 「残念だがさくらんぼはまた日を改めて行くといい。」 そう言ってサニーの頭をやんわりと撫でる。 サニーは黙って樊瑞の言葉に耳を傾けていたが、やがて小さな手をギュッと握り締めたのだった。 ※ ※ ※ ※ ※ 昼も半ば過ぎ、ヒィッツはゆっくりと目を開けた。 身体のだるさは残っているが、熱は多少下がったようである。 枕元に用意させていたスポーツドリンクを口にし、汗で濡れた下着と寝間着を着替えると、 もう一度ベッドに入って今度こそ完全に熱を下げようとし―――――窓に向けた視線を止めた。 窓にかかっているカーテン越しに、何やら影が見える。 明らかに木々の影とは違うその姿に一瞬ヒィッツは身構えたが、次の瞬間、 コンコン、コンコン。 何故か窓をノックする音。 ヒィッツはいよいよ怪しそうに眉をひそめたままそっと窓に近づくと、ゆっくりとカーテンを開けた。 「…お嬢ちゃん?!」 そこに立っていたのは紛れもなくサニーである。 さすがのヒィッツも予想外の訪問者に目を丸くし、慌てて窓を開けた。 「どうしてこんな所から…お嬢ちゃん1人で来たのかい?樊瑞やセルバンテスが一緒じゃ…、」 「あのね、サニーね、おみまいなの。」 何やら両手で抱えていたサニーはそれを差し出して見せると、 「おかぜのときにはえほんをよんであげるとなおるのよ?」 「絵本?」 「サニーがおねつだしたときにね、パパがこっそりえほんをよんでくれたの。 そうしたらサニーのおねつ、すぐになおったの。」 ヒィッツはますます目を丸くしたが、不意に吹き抜けた風に我に返った。 初夏とはいえちょっとした風はまだ身体を冷やす。自分もだが、サニーが風邪でも引いては大変だ。 「そうか、ありがとうお嬢ちゃん。じゃあまずはこちらへおいで。」 風邪を引いている自分の部屋に通すのは気が引けたが、まさか窓の内と外で会話を続ける訳にもいかない。 ヒィッツは極力サニーには触れないようにしながら、部屋へと招き入れたのだった。 ヒィッツはサニーをベッドの脇の椅子に腰掛けさせると、急いでメイド室にコールをかける。 「お呼びでございますかヒィッツカラルド様。」 即座にハウス・キーパーのアメリアがやって来た。 ヒィッツの母親ほどの歳の彼女は機転の利く知的な女性で、ヒィッツは信頼を寄せている。 「ミズ・アメリア、すまないが急いでこのレディにアイスティーを。」 「まあ、サニー様!いつの間に…?」 小さな来訪者にさすがのアメリアも一瞬目を丸くしたが、ヒィッツが軽く目配せするとすぐに察したのか、 「かしこまりました。ただいまお持ち致します。」 一礼し、すぐに部屋を後にする。 ヒィッツとアメリアの小さなやりとりには気づかなかったのか、サニーはポンポンとベッドを叩くと、 「ヒィッツさま、はやくおふとんにねてください! きちんとおふとんにはいらないとよくなりませんよ?」 ―――――普段しつけられているであろう事を得意げに言うサニーにヒィッツは内心笑ってしまったが、 「はい、申し訳ありません。今戻ります。」 そう答えて大人しくベッドに潜り込んだ。 子供とはいえレディーの前でこうした格好を見せるのは正直妙な気分だが、 動き回ったせいか多少辛くなってきたのも本当のところだ。 ヒィッツが枕に頭を乗せたところで、サニーは持ってきた絵本のうちの一冊を取り出すと、 「じゃあきょうは『しらゆきひめ』をよんであげます。」 そう得意そうに言うと、サニーは小さな手で絵本をめくった。 「”むかしむかし、あるくににうつくしいおうじょさまが…”、」 サニーは一生懸命に絵本を読み上げ始めた。 ヒィッツはそんな様子を目を細めて見つめながら、先刻サニーが言っていた言葉を思い出した。 『サニーがおねつだしたときにね、パパがこっそりえほんをよんでくれたの。』 アルベルトがサニーの誕生とほぼ同時に親子の縁を切った、というのは本部内でも暗黙の了解だ。 後見人となった樊瑞とアルベルトとの間に一体どんな話し合いがあったのかは知る由もないが、 傍目にはアルベルトは確かにサニーには子とも思わぬ態度をとっていたし、 それに関して意見する者もいなかった。 だが先ほどの話でいけば、何だかんだと言ってもやはり血の繋がった親子。気にはかけているのだろう。 サニーが”こっそり”などとわざわざ付け加えていると言う事は、 アルベルト本人から口止めでもされていたのかも知れない。 もっとも、こうしてヒィッツに話してしまったのだからどこまで秘密が保持されているのかはわからないが。 「…失礼致しますヒィッツカラルド様、サニー様。」 途中、アメリアがアイスティーにクッキーを用意して部屋に戻ってきた。 手早くサニーの近くのテーブルにセッティングをすると、もう一つ持参してきた肩掛けをサニーに掛け、 「窓際は外の風で冷えますからね。」 「ありがとうアメリアおばさま!」 そう言って笑ったサニーにアメリアも優しく微笑むと、今度はヒィッツの方へと向き直り、 「…ではヒィッツカラルド様、サニー様の言う事をきちんと聞いて安静になさっていて下さいませ?」 そうおどけた調子で言うと、ポケットからマスクを差し出した。 「勿論そのつもりだよ。…ありがとうミズ・アメリア。」 ヒィッツはアメリアの気遣いに感謝しつつ、差し出されたマスクをつけた。 伊達男としてはあまりいい格好とは言えないが、サニーに風邪を移さない為には仕方がない。 アメリアが退室すると、サニーはすぐに絵本に向き直って続きを読み始めた。 「”わるいおきさきはまほうのかがみにききました。『かがみよかがみ…』”」 ※ ※ ※ ※ ※ ―――――3冊目の絵本途中で、サニーの声は聞こえなくなった。 一生懸命ヒィッツの熱を下げようと頑張っていたサニーは、今はベッドに頬を埋めて眠ってしまっている。 ヒィッツはサニーを起こさないように静かに身体をずらすと、小声でもう一度コールをかけた。 程なくして、アメリアが年若いルーム・メイドを連れて部屋にやって来た。 「ミズ・アメリア。レディは私の看病でお疲れだ。早々に部屋の準備を。」 「心得ておりますヒィッツカラルド様。客間の方は準備させておきました。」 アメリアの言葉にメイドは一礼すると、肩掛けに包まれたサニーを静かに抱き上げて退室していく。 ヒィッツカラルドはマスクを外しながらアメリアに微笑むと、 「相変わらず鮮やかな仕事だね。」 「恐れ入ります。」 「ついでと言ってはなんだが…ミズ・アメリア、混世魔王殿に連絡を。 おそらくお嬢ちゃんはここに来る事は言っていまい。 あの堅物は私の話より貴女の言葉の方に耳を傾けてくれるだろうからね。」 ヒィッツカラルドは軽くウィンクしながら肩をすくめた。 優秀なハウス・キーパーは主人のその態度が彼なりの気遣いだと言う事を悟っている。 アメリアは穏やかに微笑むと、 「そう思われるならもう少々普段の生活を改めなさいませ。 世の全ての人間がサニー様や私共のような人間ばかりではありませんよ?」 「昨晩貴女が薦めてくれた薬湯を飲まなかった事は謝るよ。 今日は必ず飲んで休むから、お説教はまた今度にしてくれないか?」 そう言って降参、とばかりに両手を挙げたヒィッツにアメリアはただ笑って一礼し、退室した。 主人の言いつけを遂行するためと…これ以上ヒィッツに無理をさせない為の配慮である。 ヒィッツはその心遣いに感謝しながら準備されていた新しい下着と寝間着に再度着替えると、 ベッドサイドに落ちてしまっていたサニーの絵本を取り上げた。 女の子の喜びそうな綺麗な装丁の絵本はところどころ紙のよれた所があったが、 元々大事にしている物のようで、目立った汚れは無い。 これをあの”衝撃のアルベルト”が読み聞かせたと想像するとつい笑ってしまうが… 見えない部分での血の繋がりの強さは、柄にも無く羨ましいとすら思える。 特殊な環境に置かれているサニーが今あれほど素直に育っているのも、 樊瑞達からの目に見える愛情とアルベルトからの目に見えない愛情の賜物なのだろう。 そんな純粋な少女の傍らに自分がいてもいいのかとヒィッツは考える事もあるが、 遠くない将来、サニーにもこのBF団という場所、そしてビック・ファイア様の意志と存在を理解する時が来る。 その時サニーが果たしてどういう選択をするのかなどは想像もつかないが、 せめてそれまでは上手にこの血に塗れた手を隠し、”普通に”接してやるのも一つの道だ。 ―――――ヒィッツは自嘲気味に頬を歪めた。 絵本をテーブルに揃えて置くと、ヒィッツはベッドに入る。 熱はもうほとんど下がったようだ。もう一晩休めば大丈夫だろう。 「…絵本の効果は絶大だな。」 そう言って両手で目を覆い、静かに息をつく。 ヒィッツの瞼の裏に鮮やかな光が絵本の装丁のように瞬いたが、 それが消える頃にはヒィッツは静かに眠りの魔法にかけられていたのだった。 * * * * * 久々にヒツサニです。(でもサニーちゃんが幼すぎ…) 書きたかった要素を詰め込んでいたらちょっと長くなってしまいました。 ヒツサニはかわいらしく甘々な雰囲気だけなのも勿論好きですが、 決してそれだけでは終われない未来があるという点もつい考えてしまいます。 特にヒィッツ視点だとそうなりがちですね(汗)。 最後がちょっと暗くなってしまったので、苦手な方がいらっしゃったらすみません。 |