出身地はあっても帰る場所は無い。
そしてそれは命を落としても同じ事。
ごく僅かに故郷を持つものは帰れるかも知れない。
だが、それも運が良い人間の話だ。
しかしながら、「ビッグ・ファイア様への忠義からなる死」として、
その亡骸はぞんざいに扱われる事はほとんど無い。
遺体があろうと無かろうと、その『忠誠心』は丁重に葬られるのだ。
花にはあまり馴染みの無い生活だったが、こうして見ると良いものだ。
怒鬼は目の前にある花を見ながら思う。
弔い、と思うとどうしても菊や蓮を思い浮かべてしまったのだが、
いざ選んでみようかと思った時、どうしても彼に結びつかなかった。 |
地味だから、とかいう理由ではなく、
弔うから、と思えなかったからかも知れぬ。
そんな時―――――目の端に映ったのは、白い粉雪のような花。
「かすみ草です、怒鬼様。」
一人がそう教えてくれた。
なるほど、確かに霞のように儚げでおぼろな花だ。
華やかであるのに、どこか静かだ。
今思い出すと、彼の行動は常に目立っていた訳ではない。
その能力の特異さは確かに彼の存在を強調していたが、
普段からそうであったかと問われれば、決してそうでは無いだろう。
光が強ければ影が色濃いように、
彼が派手に動けば動くほど、その裏に隠された部分は自分の知らぬところだ。
自分は果たしてどれだけ彼を知っていたのか。
彼はそんな自分をどう思っていたのか。
かすみ草を手配できるだけ届けさせ、
花と共に月を見る。
白い張り付いたような満月は煌々と地上を照らし、
このかすみ草の輪郭も月光に白く淡く浮かぶ。
弔う、などとは思うまい。
それこそ彼の望む事では無いだろう。
「暫しの別れの門出、と。」
怒鬼は呟くと、手にしていた杯を一気にあおった。
※ ※ ※ ※ ※
ノックの音に、残月は我に返った。
「どうぞ。」
執務室のドアは自動開錠にしていない。
残月の声を合図にドアが開き、樊瑞が書類を持ってやってきた。
「すまんな、急な………。」
「どうした?」
「いや…こっちが聞きたい。」
執務室の窓に、白バラのアレンジメント。
「この間もあった気がしたが…。」
「あれは枯れてしまったので、今日また届けさせた。」
残月は事も無げに返すと、先刻のようにその花を眺める。
僅かに水滴を含んだ白いバラは今朝摘んだものを届けさせた。
少しでも、長く残るように、と。
せめて花だけでも、長く残るように、と。
「―――――気持ちは解らんでもないが…。」
「理解してもらおうとは思っていない。気遣いは無用だ。」
樊瑞の言葉の端に見え隠れする否定の感情をあえて肯定すると、
「ただの飾りだと思えばいいだろう。この部屋は殺風景だったしな。」
執務室に余分な物は不要、としてきたのが残月の考えであった筈。
しかしそれを指摘して揚げ足をとろうなどとは樊瑞は思わない。
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花の向こうには、眩しい程の青空。
「…人の境界線は何色だと思う、樊瑞殿。」
「え?」
「私は白と青だと思っているのだが。」
白であれ、青であれ、
彼が居てくれればそれで良かった。
「私は樊瑞殿が思うよりずっと利己的で、打算的で、汚い人間なんだよ。」
こんなやましい人間は嫌いだったかな、ヒィッツ?
「―――――裏表の無い人間なぞ、居る訳無かろう。」
「そう言ってもらえると救われる。」
残月はゆっくりと笑った………自嘲する様に。
※ ※ ※ ※ ※
本部の敷地でもやや外れにある大樹は元々幽鬼の気に入りの一つだが、
最近になって幽鬼はその場所に居る事が増えた。
「………幽鬼や。」
突然とかけられた声に振り向くと、カワラザキが静かに佇んでいた。
「今日もかね?」
「ああ…何故かわからないけれど、つい、な…。」
その手には花束。
白いガーベラは、慎ましやかに幽鬼のその腕に収まっている。
「花ならば、慰霊碑では駄目なのかね?」
大樹の根元にはここ何日間か捧げた花が残っている。
「あそこには…ヒィッツは居ないから。」
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自分達は、絶対の忠誠と信念を持ってここに居る。
けれど、本当の”彼”が慰霊塔に収まっているとは思えなかった。
否、思いたくないのかも知れない。
「しかし…その、これは受け止め方によっては…。」
「すまない爺様。でも、これだけは譲れない。」
カワラザキの言いたい事は解っている。
忠臣の眠る慰霊碑ではなく、別に花を捧げるなど、
取り方によってはビッグ・ファイア様への背徳行為だ。
折角の”お心遣い”を無視しているのだから。
けれども。
「俺にはどうしても一緒に出来ない。…考えられないんだ。」
自分を受け入れた彼を、
同じ闇を持っていた彼を、
その手を選ばせてくれた彼を、
「忠義心なんて言葉一つで、括りたくないんだ。」
それは、初めて逆らう言葉。
「―――――そうじゃな…。」
カワラザキは樹を見上げた。
木漏れ日の眩しい、それでいて穏やかな影。
知らず、その目を細める。
合間に見える青空を、鳥が一直線に飛んでいくのが見えた。
※ ※ ※ ※ ※
街を歩いてみたが、特に気が晴れるわけでもない。
結局のところ無駄に大騒ぎしたバカは自分達だけで、
自分達よりもっとバカだった普通の人間は、
今はもう普段の生活に戻っている。
街は華やかだ。鬱陶しいほどに。
レッドは空を見上げた。
あの日見た雪の空は夢だったのだろうか。
今はただ眩しい空が広がっている。
アイツの嫌がらせか、と、レッドは下を向いて唾を吐いた。
―――――後悔は無い。
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顔を上げたレッドの目に、白い物が飛び込んでくる。
その正体を確かめたくて近付くと、店の奥から小柄な女性が新しい白を抱いてやって来た。
「いらっしゃいませ!今日は良い花が揃いましたよ!」
よくよく見ればそこは花屋だ。縁遠いディスプレイで解らなかった。
「………変わった花だな。」
目に付いた花は白く、それでいて茎は鮮やかな緑ですう、と背が高い。
「カラーと言うんです。綺麗でしょう?」
姿勢だけは良かった奴の後姿が浮かんだ。
「今日はすごく質のいいカラーが入ったんですよ。いかがですか?」
「フン…。」
鮮やか過ぎるその白と緑が、
まるでアイツのように自己主張する。
俺と同じだったアイツは、俺と違う目で遠くを見ていた。
「他にも珍しいカラーが入ったんですけれど…でも白が一番綺麗ですよねぇ。」
女性はそう言って少し端にあった同じ形の花を指した。
確かに白とは違う、黄色、緑、そして―――――。
「………黒?」
「あ、黒ではないんです。紫…かなり濃い赤というか…。」
好みが分かれるのであまり中心に置かないんです、と女性は言ったが、
「―――――じゃあそれを貰う。」
レッドはその”赤い”カラーを指すと、
「で、ついでにこっちも何本か入れろ。」
そう言って、白いカラーも指し示す。
レッドの言動に店員はほんの少し眉をひそめたが、
すぐに手早くまとめ始めると、「少々お待ち下さい。」と奥で束ね始めた。
死んで自由だと思うな、ヒィッツ。
出来上がった花束は妙に人目を引いたが、レッドは構わず肩に抱えて歩き出す。
時折ちらと後ろを向きながら、ある意味禍々しいその”赤”と、
絡め取られるような”白”の花に口角が上がる。
今日くらいは、許してやるがな。
目の前で散った命は手元に残す事は出来なかったが、
これでしばらくは気が晴れるかもしれない。
一瞬、自分の思考がどこかおかしいだろうかと考えては見たけれど、
その意見を笑い飛ばす彼は今は居ないのだ。
あの日掴んだ手首を思い出しながら、レッドは花束を掴みなおした。
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※ ※ ※ ※ ※
それぞれに思う事は多けれど、
その花に託すは一つだけ。
その色に今は無き姿重ね、
この空に遠く離れた彼を想う―――――
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