ナカノ樹海を抜けた先。そこには現在の東京の要とも言える場所がある。

新宿バベル―――――過去の”東京大破壊”から復興した、全ての文化の集約された街。

巨大なタワービルを中心に造られたこの街は、
ナカノ樹海、そしてシブヤ、イチガヤへも繋がっている。
多くの人間が住み、多くのデビルバスターが集い、そして多くの悪魔が集まる場所。
そんな街は今、いつも以上に活気づいていた。





※ ※ ※ ※ ※





「―――――なんだぁ?前来た時もこんなんだったっけか?」
レッドは一瞬呆れたように目を丸くし、ややウンザリした表情で頭を掻いた。
「いや…確かに新宿は人が多いがここまででは無かったと思う…。」
ヒィッツも少々戸惑い気味だ。
それもその筈で、ナカノ樹海を抜けてやって来た新宿バベルは今、
数多のデビルバスターとその仲魔でごった返している。
「ニンゲンもだけどよ、それにくっついてる悪魔が同じ位居やがるからすげぇ状態だぜ?
 何かもう、ここだけで磁場が出来ちまってるみたいな?」
「新宿バベルは強力な結界があるからまさか街のど真ん中で巨獣が現れる事は無いだろうが…。」
そうヒィッツが返した時、左腕のCOMPが物凄い熱を発した。
「熱―――――ッ!!」
「!おいヒィッツ?!大丈夫か?!」
レッドがヒィッツの腕から引き千切るようにCOMPを外すと、手の中でCOMPが振動を起こした。
「幽鬼?怒鬼?―――まさか…!」
レッドは舌打ちすると、ヒィッツの腕を取ってビルとビルの合間に駆け込む。
「レッド?どうし………!」
状況に思考がついていかなかったヒィッツが慌てて声をかけた、次の瞬間。

ピ―――――ッ!!

甲高いエラー音と共に、COMPが煙を上げた。
同時に、薄紫の光と緑色の光がCOMPから飛び出す。
一瞬視界が煙で塞がれたがそれはすぐに晴れ、ヒィッツの目の前には幽鬼と怒鬼が姿を現していた。
「!!…2人とも、一体これは…?」
ヒィッツが慌てて駆け寄ると、幽鬼も怒鬼も困惑した表情を浮かべ、
「すまない…何故かこの街に入った途端、『力』が暴発しそうになって…。」
「COMP内部に自身を留めて置くのが不可能になったのだ。」
「だろうな。今日のこの街の磁場は異常だぜ。」
レッドは両腕を組んでビルの壁に寄りかかると、
「ただのニンゲンだけならこの程度どうって事ねぇが、
 この街には今、デビルバスターが集結してる。
 それだけでも気の力が不安定になるのに、
 それに一緒にくっついてる悪魔も一杯だ。街の空気全体が渦巻いてるって感じだよな。」
「ただでさえナガレモノの2人を押さえるのにギリギリだったCOMPには負担が大きすぎた…か。」
本来なら、幽鬼一人ですら押さえるのが難しい状態だったのだ。
それが2人ともなれば、今まで使ってきた事も考えてCOMPの負担は増大だろう。
「どうするヒィッツ、俺はもう面割れてるからふらついてても大丈夫だけど、
 こいつらまで連れてたらそれこそお前、注目の的だぜ?」
本来、デビルバスターは”外”に連れて出せる仲魔は一人につき一体である。
元々ヒィッツはその特異な外見で仲間内からも有名であったし、
レッドと行動を共にするようになってからは”異種の悪魔”を仲魔にしている、と、ますます注目されている。
―――――そしてそれは決して好意的なものだけではない。
ここでまた異種の悪魔を、しかも3体同時に外に出してるとあっては、
よからぬ考えの同業者にどう動かれるか解ったものではない。
ヒィッツは少し眉をひそめて考え込んだ。
街の出入口は常に警備がおり、人目につかず出入り出来る状態ではない。
まして今はもう街の真ん中付近まで来てしまっていて、3つある出入口は同じ位離れている。
しばしの黙考の後、ヒィッツはゆっくりと口を開いた。
「……3人とも、少しの間ここで待てるか?」
「ああ。」
「うむ。」
「何だ?俺もかよ?!」
レッドだけは不服そうな声が上がったが、ヒィッツは壊れたCOMPを手に取ると、
「これは元々レッドと会う前から使ってたものだから、ガタがきてもおかしくなかったんだ。
 とりあえず新しいCOMPを買うのと…ちょっと街の様子を見てくる。
 確かに、今日のこの街のデビルバスターの集結は異常だ。
 もし緊急に何かあっての召集なら―――普通の仲魔ならともかく、お前達では何があるか解らない。」
「関係ないだろ!俺はもうお前の仲魔だってのは知られてるんだぜ?!」
「待てレッド。ヒィッツの言ってる意味はそこじゃない。」
無理にでもついていきそうなレッドの肩を幽鬼が止める。
「―――――普通の悪魔との攻防ならともかく、もし今までに無い非常事態だったら、という事か?」
怒鬼が静かにヒィッツに問う。ヒィッツは軽く頷くと、
「いくら最近シブヤに異形の悪魔が出現してると言っても、このデビルバスターの集まり方はおかしい。
 もしその悪魔が何か起こして、デビルバスターを集めなければならない程の事態が起きているのなら…。」
「”ナガレモノ”の俺達が真っ先に標的になる、って事か?」
「可能性が無いとは言えないからな…。」
ヒィッツは少しだけ申し訳なさそうな顔をした。怒鬼の片眉が僅かに上がる。
「ほんの少しの間だ。幸いCOMPを売っている店はこの近くだし、
 店の付近なら否が応でも他のデビルバスターと会う。情報交換くらいは出来る筈だ。」
「…解ったよ。」
レッドがしぶしぶ承諾すると、幽鬼と怒鬼も了解の合図をする。
すぐ戻る、と、ヒィッツは街の中心街に向かって走って行った。





※ ※ ※ ※ ※





「―――――不思議なニンゲンだな、彼は。」
ヒィッツの姿が見えなくなってから一言、怒鬼が呟いた。
「何がだよ?」
一緒に行けなかった事がまだ不満なのか、レッドの声は苛立っている。
だがそんな様子を気にもせず、
「ニンゲンでありながら我等”悪魔”の事も同等の目で見ている。
 今まで出会ったデビルバスターとはどこか違う気がするな。」
「同等って…そりゃ、デビルバスターは悪魔と交渉できる特殊なニンゲンだぜ?
 普通のニンゲンよりは悪魔に耐性はあるだろうよ。」
レッドは軽く足元の小石を蹴ると、ビルの非常階段の上に飛び乗った。
幽鬼は一度怒鬼の顔を見、そしてレッドを見上げると、
「………お前は今までヒィッツと一緒に居て気づいていないのか?」
「あぁ?」
幽鬼の言葉の端に含みを感じ、レッドは眉をひそめた。
「何が言いてェんだよ、虫野郎。」
「お前の目にはヒィッツも他のデビルバスターも同等なのか、と聞いているんだ。」
珍しく険のある幽鬼の口調に、レッドの表情もますます険しくなる。
だが幽鬼も今日は何故か引く事をせず―――むしろ、レッドを非難するような目だ。
「………デビルバスターは確かに我々”悪魔”と交渉が出来る、特殊な能力がある。
 だが、あくまでそれは能力を持っているだけの話で…”召喚契約”を結ぶのは互いの意思だ。」
「それがどうした?」
「ナガレモノの我々に制約はほとんど無いが、本来の悪魔とデビルバスターの関係はいわば主従だ。
 『仲魔』という呼び方はニンゲンの都合。使役されるのが契約を結んだ悪魔の姿だろう?」
「―――――。」
レッドは過去に自身が倒したデビルバスター達を思い出す。
次から次へと召喚契約を結んだ悪魔達を自分の盾にしていた奴もいれば、
死にかけた『仲魔』の契約を解除して逃げ出した奴もいた。
「―――――彼は、万が一この集いがナガレモノのものに関するとすれば、
 関係の無い我等に矛先が向くかも知れないという事を予測していた。」
先刻の、申し訳なさそうな顔をしたヒィッツが怒鬼の脳裏に蘇る。
「それは今まで彼も偏見や汚いニンゲンの裏を見てきた結果だろう。
 彼は我々ナガレモノであろうと普通の悪魔であろうと、本当に『仲魔』として見ているに違いない。」
「…『仲魔』は、ニンゲンの都合なんだろ?」
レッドは手の平を広げた。
小さな炎がその上で踊り、チロチロと揺らめく。
「俺はヒィッツの『仲魔』になった訳じゃねぇ。」
「レッド!」
「お前らと一緒にするんじゃねぇよ!」

ゴウッ!

揺らめいた炎が、その手の中で火柱となった。





※ ※ ※ ※ ※





「あれ、ヒィッツ?珍しい!」
COMPを買い込み、防具屋を出たところで久し振りの声を聞いた。
「影丸…!久し振りだな!」
影丸は同じデビルバスターの一人で、第三ホームで何度か顔を合わせた事のある青年だ。
ほぼ同時期にスネークマンからデビルバスターの訓練を受けていたせいか、
他のデビルバスターよりは親しい人物である。
「何だよ、最近見かけないと思ったのにもう聞きつけてきたのか?」
「聞きつける?何かあったのか?」
「あれ?何だ、本当に新宿バベルに来たのは偶然か?」
まあお前らしいか、と、影丸は頭を掻くと、
「今日はデビルバスターがいやって程集まってるだろ、ここ。」
「ああ。いつもよりはるかに多いな。何かあったのか聞きたかったところだ。」
「デビルバスターを対象にイベントがあるんだよ。ほら…、」
そう言って影丸は新宿バベルの中心に位置するタワービルを指差す。
「本来なら訓練を兼ねて潜る『新宿ドック』。あれを使って大会を開いてるのさ。」
「大会?」
「そう。自治体が共同でね。もっとも、ここ最近シブヤに妙な悪魔が出現してるから、
 デビルバスターの強化を図る、ってのもあるんだろうが…。」
まあそんな事より俺は賞金だけど、と影丸は苦笑いすると、
「ここ最近悪魔狩ったり合体悪魔造ってたりしたから、資金がヤバくてさ。」
よくよく見れば、影丸が連れている仲魔はヒィッツが最後に会った頃の仲魔ではない。
「だいぶレベルが上がったみたいだな、影丸。」
「まあな。でもまだまださ。それよりも…。」
影丸はふとキョロキョロ辺りを見回すと、
「前に会った奴…レッドだったっけ?あいつは?」
「あ、っと…こ、COMPに収納時にCOMPが故障してしまって、今は…。」
「ああ、だからソレか。」
ヒィッツの抱えていた新しいCOMPに目をやり、納得したように笑うと、
「だったら尚更大会出てみろよ。副賞は今のCOMPより上位ランクのS−COMPだぜ?」
「本当か?!」
ヒィッツは目を丸くした。
S−COMPは市場に出回っているCOMPよりも性能が上で、
限られたレベルのデビルバスターしか持つ事が出来ないとされているものだ。
その性能は召喚時間の短縮も含めCOMPより遥かに性能が良く、
そして何より…悪魔のストック用の容量が比べ物にならないくらい大きい。
『もしかしたらS−COMPなら…幽鬼や怒鬼が登録されていても…。』
「まあ、あくまで大会だし、入賞できなきゃ意味はないけどなー。」
影丸がもう一度新宿ドックを見上げると、ヒィッツは思わず、

「なあ、その大会って―――――。」





※ ※ ※ ※ ※





「―――――ハイ、次の方。」
「所属第三ホーム。ヒィッツカラルド。」
受付前の登録端末を操作していた初老の男が丸縁の眼鏡を上げた。
チラリ、と上目遣いに覗き込んできたが、もう慣れた反応だ。
「…そのCOMPは?」
男は努めて話題を逸らすかのようにヒィッツの腕のCOMPに視線を落とした。
通常COMPは左腕に一つだけ装着するのだが、今ヒィッツは両腕に装着している。
「よ、予備です。」
「本当に?違法じゃないんだろうね?」
「まさか。第一、COMPを二つ持った所で仲魔の登録数は変わらないじゃないですか。」
召喚プログラム自体はCOMP一つ一つにインストールされている物だが、
実際に利用するのはあくまでデビルバスターという人間。同時に展開する事は出来ない。
「一方は先日壊して急きょ買い直したんですが、結局修理できる範囲だったので…。」
「だったらターミナルに預けてきた方が邪魔にならなかったんじゃないかね?」
「こちらのエントリーの時間があったので、つい。」
「………。」
初老の男はもう一度ヒィッツの姿を見、COMPを見つめ、そして後ろに立っていたレッドにも視線を流した。
普段ならもうここでキレるレッドだが、今日は大人しくしている―――もっとも、顔は強張っていたが。
「まあ、規定には2つ持っていってはいけないとは書いていませんしね…。」
男は端末を叩くと、ヒィッツのエントリーを許可した。
「あちらの控え室で呼ばれるまで待機して下さい。」
「はい。」
個室を控え室として与えられ、ヒィッツとレッドはそそくさと部屋に入る。
ヒィッツがドアを後ろ手に閉めた次の瞬間、両腕のCOMPから幽鬼と怒鬼が姿を現した。
「ふぅ…!」
「―――ったく、話が長げェんだよ、あのガキ!」
ヒィッツが冷や汗をぬぐって溜息をつくと同時にレッドはドア付近にあったゴミ箱を蹴飛ばした。
「でも何とか間に合ったな…幽鬼、怒鬼、すまなかった。」
「いや、大丈夫だ。」
「少なくとも前のCOMPよりはまだ力を押さえる余裕があった。」
会場はデビルバスターやその仲魔、
そして新宿ドック内に居るらしき悪魔の気配で街の中以上に気が集まっている。
二台のCOMPに分けて二人を格納していたのは正解だったようだ。
「………で、結局大会のルールはどうなってんだ?」
レッドはコキリと首を鳴らす。
「まずは新宿ドックの内部に居る悪魔達を倒す。
 そのうちの十体が”輝く鉱石”と呼ばれる石を持っているから、それを回収する。
 その全てを完了してフロアに戻って、完了時間の速さで勝敗を決めるらしい。」
「なんだ、楽勝じゃん。」
レッドが拍子抜けしたように両腕を頭の後ろに組むと、宙に寝転がるように浮いた。
「その悪魔達が何体だかは解らないが…俺達で手分けしてしまえば…。」
「時間はほとんどかかるまいな。」
幽鬼と怒鬼も多少気が抜けたのか、フウ、と息をつく。
「ルール違反だが…この先を考えるとS−COMPはどうしても欲しいからな…。」
ヒィッツは眉をひそめ、顎に指をかけた。
何か悩んだり考え込む時のヒィッツのクセだ。
「あー、今更悩むな悩むな!」
レッドはヒィッツの身体を後ろから羽交い絞めると、顔をグイと自分の方へと向けさせる。
「折角のイイモノだって使う奴が合わなければ意味無ェんだぜ?
 とりあえず俺達にはしっかり”目的”があるんだ。だろ?」
「わ、解ってる!解ってるからとりあえず放せ!」
幽鬼や怒鬼がCOMPに格納されている時ですら恥ずかしいのに、
こんな表に出ている時に必要以上にまとわりつかれて、ヒィッツは思わず怒鳴った。
だが―――いつもなら何だかんだと言いながらも離れるレッドは、
今日に限ってその腕を解かない。
「レッド!悪ふざけが過ぎるぞ!いい加減―――――!」
「………解って、ねェのかもな。」

耳元で小さく呟かれた声。
あまりに弱く、けれど強い意志の込められた一言。

「レッド―――――?」
ヒィッツが思わずその顔を覗き込もうとしたその瞬間。
『エントリーナンバー645。第三ホーム所属、ヒィッツカラルド。
 時間になりますのでフロアで待機をお願いします。』
控え室に呼び出しのアナウンスが響いた。





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