※ ※ ※ ※ ※





「ヒィッツ!」
幽鬼は慌てて動かなくなったヒィッツの元に駆け寄る。
呼びかけに反応は無く、抱き起こすと、腕が力なく地面に落ちた。
「しっかりしろ!今回復を…。」
幽鬼が回復魔法を詠唱しようとしたその時、
「今だ!」
「敵はあと一人!覚悟!!」
他に散っていた編み笠達が幽鬼とヒィッツの方へ踊りかかる。
「くッ…!」
幽鬼が即座に攻撃魔法に切り替えようとした時、目の前に黒い影が立ち塞がった。
「マハラギ!!」
一瞬にして周囲の悪魔達に炎の壁が襲い掛かり、悲鳴が上がった。
「………レッド!!」
幽鬼が驚いたように声をかけたが、レッドは返事をしない。
悪魔達が一時退いたのを見届けると、無言で2人の元に片膝をついて屈んだ。

ヒィッツは目を閉じたままやはり意識を取り戻さない。
顔は汚れていたが、血の気が無くなった様に真っ白になりつつある。

「―――――やっぱ、弱いよなぁコイツ。だからニンゲンは脆くてイヤなんだよ…。」
小さく呟いたレッドの声に、幽鬼がぎょっとする。
それはその台詞の不謹慎さではなく…声音の弱さのせいだ。
「こんなに弱いんだ。やっぱ俺が居なきゃダメだろ?ヒィッツ………。」
レッドの右手の指がヒィッツの唇に触れた。
指先に伝わる体温は、全くといって良いほど無い。
レッドの左手が固く握り締められる。
手の平に爪が刺さったのか、血が垂れ落ちて地面に染みた。
「援軍か!」
「増えても同じ事!行くぞ!」
悪魔達がまた数を揃えて三人に向かって来る。
レッドは立ち上がり、悪魔達の集団を睨みつけながら、
「幽鬼…ヒィッツ助けろよ?死なせたら殺すぞ?」
「レッド…。」
「今の俺なら、この樹海全部灰にする事だって出来るぜ。」
ゾッとするほど静かに言い切ると、レッドは数歩前に出て両手を翳し、魔法詠唱を始めた。
以前とは全く比べ物にならない魔力が集中してくるのが解り、幽鬼の背中に震えが走る。
『これが、レッド本来の魔力―――――!』
周囲の空気にもその力が伝わったのか、向かってきた悪魔達の動きが僅かだが止まる。
そこに感じたのは”格の違い”。だが、気づくのが遅かった。



「マハラギオン!!」
ゴウ…ッン!



次の瞬間、レッドの両手から炎の渦が巻き起こり、
それは火龍の如く轟音を上げながら悪魔達に襲い掛かる。
「ウワーーーッ!!」
「ギャッ!!」
「グッ…アアアア!」
「た、助け………ウワアアアっ!!」
何十体もの悪魔達の悲鳴と断末魔が響き渡り、樹海が緑から赤に照らされ染まる。
一番先頭だった悪魔にいたっては姿さえとどめてはいない。
中には炎の風圧で吹き飛ばされていく悪魔も見えた。

地獄もかくやと思える光景が広がり、しばらくの後、辺りは完全な沈黙に包まれた。





※ ※ ※ ※ ※





「…ざまぁみろ、バカが!」
レッドは満足そうに頬を歪ませたが、心からの笑みとはいかない。
「ヒィッツ!目を覚ませ!!」
幽鬼の声にはっとすると、レッドは慌てて振り返る。
回復魔法の詠唱は続いていたようだが、ヒィッツの生命力の回復には追いつかないらしい。
身体の傷は消えかかっているものの、意識が戻る気配が無い様だ。
「ヒィッツ!このバカ!起きろっ!」
レッドは思わずその身体を幽鬼からひったくり揺さぶったが、
僅かな体温もほぼ無いに等しく、その目が開く気配は無い。
その時。

「―――怒鬼様!!」
「!?」

いつの間に降り立っていたのか、
先刻まで滝の上で沈黙を続けていたナガレモノがすぐ傍までやって来ていた。
「テメェ!この隙に殺ろうってハラか!」
レッドが目にも止まらぬ速さで背中の刀を抜くと、何のためらいも無くその切っ先をナガレモノに向ける。
だが。

ズブッ………
「なッ…!?」
「えっ?」

レッドの刀は真っ直ぐに隻眼のナガレモノの左肩に突き刺さったが、
彼はそれを避けるどころか…刺さった刃を抜こうともせず、
むしろまた一歩進んで三人の前に立った。
「怒鬼様ッ!!」
残り僅かになった編み笠達が慌てて近づこうとする。だが、
「―――――下がれ。」
青年が初めて口を開き、編み笠達を見据える。
その言葉は絶対なのか、悪魔達はすぐに膝をつくと、黙って青年の言うとおり下に控えている。
彼は真正面からレッド達に向き直ると、右手を翳してヒィッツに向かって何やら詠唱を始めた。
「な、何するつもり…!」
「待てレッド!この魔法は…。」
慌てて止めにかかろうとしたレッドを更に幽鬼が止めた。
やがて詠唱が終わり、小さく、
「…リカーム…。」
青年の声が響くと、淡い蛍のような光が幾つも湧き上がり、ヒィッツの身体を包む。
そして―――――
「…!ヒィッツ…?」
レッドの支えていた身体に徐々に体温が蘇り、白くなっていた顔色に赤みが差してきた。
薄く開いた唇から微かな呼吸が聞こえ始め、瞼が震える。
「ヒィッツ!おい!解るか!?」
レッドが噛み付くように叫ぶと、その前でヒィッツの両目が薄く開いた。
まるで何事も無かったかのように、その白い瞳はレッドを見つめている。
「レッド…?何故―――?」
「…元は俺が初めにお前を欲しいって思ったんだ。
 それを手に入れておいて、この俺がみすみす手放す訳がねぇだろ?」
そう言うと、レッドは鼻先をヒィッツの頬に摺り寄せた。
「―――――そう、か…。」
一言だけ答えると、ヒィッツもどこか嬉しそうに笑った。
幽鬼は少し安心したように微笑んだが、すぐにはっとして青年に向き直ると、
「そうだお前…傷を…!」
「あ。」
「―――?」
幽鬼の声にレッドが振り向き、ヒィッツもやっとその光景が目に入ったらしい。
青年は自分でレッドの刀を抜き去ると、流れる血をそのままに、懐紙で刃を清めてからレッドへと差し出した。
「お前、何のつもりで…。」
「レッド、話の前に彼のケガの方が先だ―――幽鬼、頼めるか?」
幽鬼は頷くと、青年にディアを唱えた。
すぐに傷は塞がり、血が滲むような事もない。
青年は左肩の傷が完治したのを確かめると、地面に膝をついて三人に向かって頭を下げた。
「怒鬼様!!」
後ろに控えていた編み笠達がさすがに驚いたのか声を上げる。だが、
「……この度は事情を確認もせず下の者達が迷惑をかけ、申し訳無い。頭領としてこの怒鬼、お詫び申す。」
時代錯誤な物言いではあるが、悪魔にしては妙にしっかりとした物言いだ。
”怒鬼”と名乗った青年は更に続け、
「だが、この者達も拙者の事を考えて動いた結果。どうぞご容赦願いたい。」
「容赦も何も、そのせいでヒィッツは死にかけたんじゃねェか!」
レッドが思わず怒鳴る。幽鬼もほんの少しだけ不快な顔を見せた。
ヒィッツは眉をひそめ、極力自身を落ち着かせるように口を開くと、
「…先に言った通り、私達は争いたかった訳じゃない。
 けれど自身の命の保全の為にそちらの仲魔を殺めたのは生存本能として当然だ。
 それは人間も悪魔も同じと思ってもらいたいのだが。」
「無論。だが、残った者達に手を出すのは…。」
「それはしない。話が出来るならそれでいい。」
ヒィッツの言葉に怒鬼はチラリと隣で自分を見据えているレッドを見た。
レッド自身は不満のようだが、ヒィッツの顔を一度だけ見ると、チッと舌打して頭を掻いた。
その様子に安全を悟ったのか、やっと怒鬼の表情から緊張が解けたようだった。







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