小さい下級悪魔達は群れを成す事が多い。
事実、比較的平和な第三ホーム周辺ですら、最近はピクシーやコダマなどが大量に出現している。
彼等彼女等はこちらから攻撃を仕掛けなければ何もしてこない、どちらかと言えば友好的な種族だが、
それでもこれだけ急に現れたとなると…何らかの原因が考えられるだろう。

それを懸念したのは、私に仕事を依頼してきたスネークマンだった。










「久しいな。最近はこちらには戻っていないのか?」
そう言って珍しく薄い笑みを作ったスネークマンは、私とレッドを見やり、
「相変わらずの様だな。」
レッドの特殊性を知っている彼は、それ以上何も言わなかった。
「それはそうと…顔を見せに来て貰ったところにすまない。一つ頼まれてくれないか?」
「え?」
「デビルバスターにしか出来ない事だが、俺はやはりこの第三ホームから出る訳にはいかんのだ。」

そう言ってスネークマンが語り出したのは、最近のピクシーとコダマの異常出現率。

「今は大人しくても、万が一あれだけの悪魔が暴走でもしたら…。」
「確かに。」
スネークマンが眉をひそめる。気配を察したのか、傍らの悪魔・ガルムが低く唸った。
「新宿バベルの先でも何やら不可解な古老の悪魔が出現したらしいしな。
 今の内に調べられる事は調べておきたい。
 …そこでだ、頼みたい事と言うのは、リーダーピクシーをここに連れてくる事なのだが。」
「リーダーピクシー?」
「姿はピクシーと変わらないが、もう少し毛色が違う奴等だ。
 他のピクシー達より力も強く、名の通りリーダー的な存在らしい。
 ここより南の渓谷に、何故かリーダーピクシー達がまとまっているコロニーが確認されていて…。」
言われた目標地点をCOMPで確認する。
「成功のあかつきには勿論報酬も支払う。どうだ?」
―――――正直、古くなった装備や薬を買う金が心許なくなってきた所だった。
「解った。仲魔にしてここまで連れてくれば良いんだな?」
「そうだ。…すまんな、頼んだぞ。」





※ ※ ※ ※ ※





「金になるのはいいけどよ、連れて来なきゃならねェってのが面倒だよなぁ。」
レッドは両腕を頭の後ろに回し、溜息をつく。
「まあ仕方ないさ。そうしなければ悪魔を大人しく連れて行くなんて無理なんだからな。」
自分の意志で動き回っているレッドにはその仕組みはもどかしいらしい。
「今度の時は倒して金貰える依頼受けようぜ。それの方が得意だし。」
レッドの発言に気持ちはわかるがな、と苦笑したが、
「それはそうと…こういう事態だ。相手に攻撃は絶対するなよ?」
「へいへい。攻撃したら交渉率下がるからだろ?わかってるよ。」
悪魔達との『交渉』は最初から上手くいく訳ではない。
挨拶し、会話をし、回数を重ねる事でその種族との面識が上がり、交渉が上手くいく様になる。
裏を返せば、顔を覚えられるまでは会話の途中で突然と攻撃される事もあり得る訳だ。
だが、そこで攻撃を仕返してしまっては相手の印象は悪くなり、その先が難しくなる。
自分が確実に殺されそうで、というなら話は別だが、そうでないなら極力争いを避けるのが無難だ。
『交渉のスキルを上げてないのが不安だがな…。』
そんな事を考えていると、件の渓谷が見えてきた。
COMPの反応が大きくなり、確かに渓谷の奥底には大量の悪魔の反応がある。
「いいな?くれぐれも手を出すな?」
「何度も言うなよ。わかってるって。」





※ ※ ※ ※ ※





「―――――思ったより難問だったな…!」
私はふう、と息をつき、少しコロニーから離れた場所に腰を落とした。
「お前、ケガまだ治ってねぇぞ。傷薬つけろよ。」
レッドが私の左頬にチョイ、と指を当てる。
「これ位なら自然回復に任せるさ。それよりも………。」
リーダーピクシーとの交渉は予想以上に難航していた。
ピクシーよりは力が強い、とは言っても、正直言動はピクシー達と大差はない。
つまりはあまり賢いと言えないのだが、その代わりに比較的攻撃的でもある。
機嫌を損ねて消えてしまうならまだしも、一方的に攻撃して怯んだ隙に行方をくらます者もおり、
その度にこちらは少しずつだがダメージを食らう事になった。
それにしても。
「リーダーピクシー達の攻撃はピクシー達とほとんど変わりはないんだが…。」
「妙に一撃に威力があるよな。連続が来るとお前でも吹っ飛ばされるしな。」
レッドも気がついていたようで、首をひねった。
「でも僅かずつでも会話は長引く様になってきたんだ。一人連れて行けばいいんだしな。」
立ち上がり、またコロニーへと足を向ける。
何か異様な空気が漂っているせいか、レッドも少し近くで待機した。



渓谷の気配はますます強くなっている。
私達しか居ないはずのこの場所に、これだけの悪魔の出現というのも既に異常だ。



「だいぶ時間が経っちまってるな…もう陽が落ちて…。」
レッドがなんとはなしに呟き、空を見上げた。
「―――――!!しまった!今夜は……!」
レッドの焦る声がしたが、その時は既に遅く、私は近くのリーダーピクシーに声をかけたところだった。

「遊んで、遊んで!」
愉しげな笑い声が響き始め、
いつの間にか周囲を囲む様に現れたリーダーピクシーの群れが、
揃って焦点の合わない目で私の方を向いている。
「ねぇねぇ、死んでくれる?」
声をかけたリーダーピクシーが愉しそうに笑い、手を翳す。



ドンッ!
「ぐ……ッ!」



今までにない強い衝撃波の様なものが当たり、思わず後ろに下がった。
途端、他のリーダーピクシー達も一斉に笑いながら手を翳す。



ドンッ!ドンッ!ドンッ!
「ぐはッ!!」
「ヒィッツ!!」



連続した重い衝撃に吹っ飛ばされ、岩壁に叩きつけられた。
キャハハハ、と愉しそうな、狂った笑いが聞こえる。
今日が満月だったということを失念していたのは自分のミスだ。

悪魔達の精神状態は月齢に左右される事が多く、
普段大人しい悪魔でも暴走しやすくなるのが満月の時だ。
高揚した精神状態では、会話どころか下手すればこちらの命だけを狙って―――――!

「ヒィッツ!しっかりしろ!」
レッドが走ってくる気配がする。
返事をしたかったが腹や胸、そして背中に鈍痛が走って思う様に呼吸すら出来ない。
「ばいばーい。」
追ってきたリーダーピクシー達が、更に攻撃をしようと構えた。
「!調子に乗ンな!虫ケラがッ!!」
それよりも一瞬早く、レッドが両手を翳す。
「マハラギ!!」
詠唱と同時に、通常以上の炎が現れる。
「な…ッ?!」
「キャアアアアアアッ!!」
いつものマハラギの倍以上の火柱が上がり、周囲のリーダーピクシー達を薙ぎ払う。
普段なら少しはその後の抵抗があろう筈のリーダーピクシー達は、その一撃でほぼ消え去った。





「………レッド?今のは…。」
やっとの事で立ち上がり、自身の手を見つめるレッドに声をかける。
「わかんねぇ…。でも何か、自分の内部っから力を引っ張り出されてるみたいな感覚だ…。」
レッド本人も予想外の出来事だったらしく、困惑している。
「でもとりあえず助か……。」
そう言いかけて、周囲の異変に気づいた。
「おい…他のリーダーピクシー達はどこに行ったんだ…?」
「え?」

レッドに薙ぎ払われた以外にもまだ大勢のリーダーピクシーが集まっていた筈の渓谷。
気がつけば、一人もその姿は見えない。

「あれだけ居たのに…!」
COMPからの反応も全く無い。
「どうなってんだ今日は一体?!」
レッドも不可解な出来事の連続に焦っている様だ。
その時。



「珍しいな…ナガレモノとニンゲンが組んでいるなんて…。」



突然と聞こえた岩場の上からの声に、私とレッドは同時に見上げた。
煌々と照らす満月を背に、岩場に片膝を立てて腰かけている影。
その背中には大きいが薄い蝶の様な羽が、月光を受けてほのかに青白く光っている。
「―――――悪魔?」
COMPに反応はない。
以前のレッドの時と同じ、異質なその姿がそこにあった。




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