怒鬼は深海魚の実物を見た事は無い。
文献などで知識程度にしかその存在は知らず、
故に、深海魚が果たしてどんな姿形でどの程度の大きさなのかも、
せいぜい資料を頼りに想像してみる位だ。
ただ、生きる事に必要な部分での想像と、
あくまで知識好奇心程度の文献に関して想像するとのでは勝手が違う。
怒鬼は決して感覚が鈍い訳では無いが、
それは戦略的な一面や生死の境目に置いての究極の判断を迫られる時の話だ。
なのでいざこうして文献の写真を目にし、
その奇異な姿の魚の体長やら重量が数字にされていたからとて、
すぐに脳内で再現できる訳では無い。
ましてや、紙の上に書き記すなど。



写真の向こうには表情の無い未知の生物が鎮座している。



「魚に興味があったのか?」
後ろから覗き込んできたヒィッツは意外だ、と言わんばかりだ。
怒鬼は一度その顔を見、小さく首を振ると、
「特には。」
そう答えた怒鬼はそれでも何故かまた写真に目を落とす。
何かを考えているのか、その眉間に僅かに皺が寄る。
ヒィッツはそんな様子を見て同じように眉をひそめると、
「でも随分熱心じゃないか。この魚がそんなに気に入ったのか?」
変わった趣味だ、とでも言いたげにヒィッツは尚も尋ねる。
だが怒鬼はその言葉に何故か答えず―――
無言のまま、書物を置いていた文机の引き出しを引いた。
中には何やら絵らしきものが描かれた半紙が入っており、
見ればその中に描かれているのは写真の深海魚にそっくりである。
どこが何の器官だか解らないその異質な姿は筆の運びも手伝って生々しい。
「その魚を描いたのか?上手いな。」
心からそう思ってヒィッツが思わず感嘆の声を漏らしたが、
当の怒鬼はもう一度ヒィッツを見、今度は何故か酷く寂しそうな遠い目をすると、
「………俺が描いたこれは…秋刀魚だ…。」



半紙の上には表情の無い未知の生物が鎮座している。








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怒鬼は絵心がなさそうなイメージ…。