| 借りていた本を返そうと思っていたのに、 今日に限ってそれを私邸に忘れてきた。 「すまない。」 「いいさ。別にすぐ必要な訳じゃない。 また今度の機会に持ってきてくれれば。」 幽鬼が申し訳なさそうな顔をすると、ヒィッツは事も無げに笑った。 「このお茶はどこのなんだ?」 「気に入ったのか? 爺様の使いで街へ行った時に見つけたんだが…。」 偶然買った茶葉は予想より味が良く、 ヒィッツも気に入ってくれたらしい。 「今度また街に行く時に買って来よう。」 「だったらその時は一緒に連れて行ってくれ。場所を知りたい。」 そんな他愛も無い会話も、お互いには貴重な余暇の一つだった。 通路を歩き、角を曲がる。 その先の部屋にはもう持ち主がいない事を、いつも曲がってから思い出す。 どうしてあの日々が日常だと思っていたのだろう。 返し損ねた本と新しい茶葉を手に、幽鬼はまた立ち尽くす。 * * * * * 会いたい時に貴方はいない。 お題配布:【約30の嘘】様 |